主人公の背景をイメージして

海蔵亮太 『誰そ彼〈TYPE-A〉』 CROWN GOLD(2021)

海蔵亮太 『誰そ彼〈TYPE-B〉』 CROWN GOLD(2021)

 ニュー・シングル『誰そ彼』も、日本語の美しさを活かした歌、さらに豊かさを増したヴォーカリゼーションが堪能できる作品。表題曲は、叙情性に溢れたメロディーと、〈一途な愛〉をテーマにした言葉がゆったりと溶け合うバラードだ。

 「最初に曲を聴いたときは、まずメロディーが美しいなと思いました。都会というより、田園風景が思い浮かぶような。歌詞については、たぶん主人公は男性だと思うんですけど、相手のことをずっと想っている、優しくて素敵な人だなって。自分にはここまで一途に誰かを想い続けることはできないです(笑)」。

 楽曲を歌う際、海蔵は歌の主人公の人となりを想像し、その周囲の風景や匂いにも思いを馳せるという。歌詞に書かれていないディテールをイメージすることで、歌に説得力やリアリティー、生々しい感情を吹き込む。それこそがシンガー、海蔵亮太の真骨頂なのだろう。

 「自分のなかで細かく設定を決めていくんです。“誰そ彼”だったら、〈好きだった人は幼馴染みで、家族ぐるみの付き合い。上京した後、少しずつ価値観がズレて上手くいかなくなり、別れを選んだ。そして今、出会った場所、一緒に過ごした思い出を巡って、地元に戻ってきている〉みたいな(笑)。あとは歌詞から感じられる色や匂いも大事にしてますね」。

 カップリング曲からは、彼の多彩な音楽的嗜好も感じ取ることができる。すでにSNSで話題の“サイコパスのうた”は、ソウル、ロック、ジャズなどを融合させたサウンドのなかで〈アタシはアタシなのだから 勝手にどうぞ〉というフレーズが響くミディアム・チューン。作詞/作曲は自身が手掛けている。

 「カラオケの歌番組に出たときに、視聴者の方に〈見た目がヤバイ〉と言われて、SNS上で(〈〇〇してそう〉という)大喜利が始まっちゃったんです。最初は気にしてなかったんですけど、周囲の人から〈あれについてどう思うの?〉と言われるようになって、僕も気になりはじめて。皆さんの意見をまとめて曲を作って、TikTokに投稿したのが“サイコパスのうた”の原型だったんです。大喜利みたいなコメントをした人も悪気はなかったと思うし、そのおかげで出会えた人もいて。みんなを巻き込んで楽しんでもらえる曲にしたかったんですよね」。

 そして初回盤のTYPE-Aには、ディック・リーの作曲によるオーガニックなR&B系バラード“繋がってる...”、TYPE-Bには、Shin Sakiuraのアレンジによるキリンジ“エイリアンズ”のカヴァーも収録。

 「“繋がってる...”は、このご時世のなか、大切な人と会えないときの気持ちを歌っています。すごく綺麗なメロディーなので、〈この曲ではぜひ、鮎川めぐみさんに歌詞を書いてほしい〉と思って。優しくて、素敵な言葉を書いてくださる方なので、ご一緒できて良かったです。“エイリアンズ”はもちろん知っていましたが、〈カヴァーしてみたら?〉と言ってくれたのはスタッフの方なんです。アレンジをShin Sakiuraさんにお願いしたのは、僕の希望ですね。(Sakiuraがプロデュースした)iriさんの楽曲を聴いて〈素敵だな〉と思って、今では大ファン。自分も制作に参加することでいろんな発見があるし、やりたいことが実現できるのも嬉しいですね」。

 最近はサム・スミスやリアーナらも愛聴。「自分で作詞/作曲した曲ももっとお披露目したいし、作家の方に書いていただいた曲、カヴァー曲など、何でもやってみたい」とこの先の展望を笑顔で語る海蔵亮太。根本にあるのは、「自分の評価は聴いてくださった方が決める」というスタンスだ。

 「人生は自分で決めますけど、音楽に関しては、受け取ってくれた方がどう感じるかがいちばん大事なんだろうなって。〈僕〉というアーティストの価値を決めるのは、リスナーの皆さんだと思っています」。

左から、キリンジの2000年作『3』(ワーナー)、Shin Sakiuraの2020年作『NOTE』(PARK/SPACE SHOWER)