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密な音の世界から疎な音の世界へ

 ノルウェー在住のピアニスト、田中鮎美が、初リーダー作『Memento』以来5年ぶりの新作『Subaqueous Silence』を、ドイツの老舗レーベルのECMから発表する。日本人のECMアーティストとしては、菊地雅章、福盛進也に続く3人目となる。音数を極限まで削ぎ落し、ほんとうに聴こえた音だけを鳴らすことに集中したような音楽だが、聴き手に緊張感を強いることはなく、ゆったりと深呼吸を促すような浮遊感が心地よい。

田中鮎美トリオ 『スベイクエアス・サイレンス -水響く-』 ECM/ユニバーサル(2021)

 彼女は、高校を卒業するまで演奏していたエレクトーンのジュニア・コンクールでの優勝という、華々しい経歴の持ち主だが、電子楽器の最新機能を駆使して、一人で演奏しているとは思えないような大編成のサウンドを再現するエレクトーンの世界と、現在の彼女が描く音楽世界との間には、かなり大きなギャップが感じられる。「コンクールには小学校の頃から参加していましたが、5分以内の演奏時間に全ての要素を詰め込んで、とにかく派手に見せないと入賞できない感じでした。でも、音楽ってそういう、見せびらかすようなものである必要はあるのかな、という疑問は薄々感じていて、高校を卒業してコンクールから離れた後に、自分がやりたいのはむしろ、今やっているような音楽に近いものだというのがわかってきたんです」

 高校を卒業して即興演奏に興味を持ち、ジャズという音楽の存在を知った彼女は、ヤン・ガルバレクやボボ・ステンソンなどの音楽と出会い、「常にスウィングしているようなアメリカのジャズとはまた違った空間の中の流れ」を感じさせる、北欧のジャズに惹かれるようになる。「実際にノルウェーに来てみると、思っていたよりも自由で、〈ジャズ・ミュージシャン〉に分類されていても、即興演奏を交えたクラシックの現代音楽もやるという人が当たり前のようにいて、私もだんだんそういう環境に慣れていきました」

 ノルウェー国立音楽院在学中に師事した、やはりECMアーティストだったピアニストのミシャ・アルペリンから受けた、いろいろな音楽を何でも弾くのではなく、限定された中で音楽を作っていくと自分の求めているものが見えてくるというアドバイスが、現在の彼女の音楽創りに大きな影響を与えているという。「それを実践して、自分がほんとうに聴きたいものは何なのかということを突き詰めていくうちに、だんだん音数が減っていったんです(笑)」

 彼女のトリオを構成するクリスティアン・メオス・スヴェンセンもペール・オッドヴァール・ヨハンセンも、前作にも参加するなど、彼女とは長年にわたって活動を共にしている。田中鮎美の世界は、息の合った者同士だからこそ実現できるのだろう。