インタビュー

コシミハル『秘密の旅』美だけを探究し続けるテクノの妖精、郷愁と内省がファンタジックに混ざった新作を語る

セピア色の王国で舞い続ける美の探究者

 コシミハルの6年ぶりのニュー・アルバム『秘密の旅』が発売された9月15日。その夜、私は彼女のライヴ・パフォーマンスを堪能していた。〈マダム・クルーナー8 秘密の旅〉と題された、新作発売記念コンサート。パリのジャズ・クラブやベルリンのキャバレを連想させる舞台上で椅子に立ち上がってポーズをとったりアコーディオンを弾いたりしながら歌う彼女は、その歌声も容姿も20代の頃とまったく変わらない。すこぶるキュートでユーモラス、そして時にコケティッシュ。妖精なのか魔女なのか……。ちなみに新作『秘密の旅』には、2013年から始まったコンサート・シリーズ〈マダム・クルーナー〉の昨年のパフォーマンス4曲を収めたブルーレイ・ディスクも付いている。

コシミハル 『秘密の旅』 コロムビア(2021)

 さて、その新作。ジョージ・シアリングやコール・ポーター、フレデリック・ホランダー、レイ・ノーブル、ルイ・フェラーリなどが作った米英仏独の古い楽曲(30~50年代)を往年のクルーナー風に囁くように歌い、全体をセピア色に染め上げているのは従来どおりなのだが、全12曲中半分の6曲はオリジナルだ。『マダム・クルーナー』(13年)とその続編『MOONRAY』(15年)から地続きのようで、微妙な変化も感じさせる。

 「元々は『マダム・クルーナー』シリーズ第3弾のつもりでとりかかったんだけど、途中でコロナ禍になり、自分のオリジナル作品を増やした。だから単純に第3弾とは言い切れない、微妙な位置にある作品ですね」

 コロナ禍とオリジナル曲を増やすことにいかなる関係が?

 「いろんな思いがあって……家にこもり、世界中の膨大な量の情報に日々触れる中で、日本に生まれた自分というものを改めて考えるようになったんです。欧米の古い歌は自分に最も近い音楽だとずっと思ってきたけど、本当にそうなのか、とか。今作は自分の中では、戦時中に作った作品のような感覚もある」

 古き良き時代への郷愁と戦時下の静かな内省がマーブル状に溶け合った、コシミハルにしか作り出せないファンタジー・ワークス、とでも言えばいいだろうか。生ピアノ(フェビアン・レザ・パネ)やウッドベイス(渡辺等)などの演奏とコシのシンセが織り成すハーモニーも独特のエロティシズムを湛えているし、木管楽器の効果的使用も相変わらず。

 10年ほど前に亡くなった母の姿を追想する冒頭曲“Ma petite maman”も、いろんな思いが錯綜した本作ならではか。

 「母はとても明るくて、自由な人でした。子供の頃、私がピアノで伴奏して母が歌うというのが日常の遊びでしたが、これはシューベルトとかブラームスといった教え方はしなかった。ただ、きれいな音楽があって、遊んでみない?という感じ。あと、クリムトやロートレックなどのポスターを黙って壁に貼ったり。理屈っぽいことは言わない、何も押しつけない人でした」

 美を美としてあるがままに受け入れ、愛でる自由な精神。それは娘の彼女にもそのまま受け継がれているはずだ。件のコンサートでも改めて感じたことだが、自分の信じる美、楽しめる世界だけをとことん追求してきたのがコシミハルというアーティストである。セールスのために流行のモードを取り入れるとか、そういったスケベ心が彼女には一切ない。40年近く、ずっと、ブレない。とてつもなく強靭であり、上品でもある。

 「いや、私は好きなことしかできないし…正直に生きているだけなんです。とてもシンプル」

 去る6月にはYENレーベル時代のテクノ開眼作品『チュチュ』(83年)と『パラレリズム』(84年)もLP再発されたが、「私にとってはテクノは音楽手法ではなく自由という概念なんです」と語るコシミハル。セピア色の王国で美だけを探究し続けるテクノの妖精に迷いはない。

 


PROFILE: コシミハル (Miharu Koshi)
東京生まれ。作曲、作詞、編曲家。3歳よりピアノ、8歳より作曲を始める。オリジナル作品の他、CM、映画、演劇、舞台のための音楽も手掛ける。89年、広告音楽競技大会作曲賞受賞。98年より自身の振付、演出、演奏によるダンスと音楽を融合させたノスタルジックなレヴュー〈Musique-hall〉をアルバムごとに発表。2003年、ベルリン・ジャズ・フェスティヴァルに招聘され好評を博す。2013年、〈クルーナー〉に焦点を当てたカヴァ・アルバム『マダム・クルーナー』を発表。ピアノ・トリオの生演奏で、古い時代の音楽がシネマトグラフのような懐かしさと可憐な響きで蘇るヴィンテージ・ライヴ〈マダム・クルーナー〉シリーズを定期的に開催。

関連アーティスト