アコギをガシャガシャと掻きむしるように弾きながら気炎を吐いたかと思えば、美麗なファルセットを駆使してマイルドなR&B調にアプローチしたり、洒落たコード進行のボサノヴァ・ポップで耳触りの良いハーモニーを披露したりする。こちらを翻弄せずにはおかないこの得体の知れなさはナニ?と思いつつ表題に目をやると、これが『Chameleon』ときた。正体は掴みかねるけれど歌の上手さは抜群だし、音楽的な器量も相当なもんだということだけは明快だ。本稿の主役である神戸在住のシンガー・ソングライター、近石涼はこのファースト・アルバムでいったい何を語ろうとしているのか。そんな問いに対して彼は「どの曲も僕が手探りで導き出した正解なんです」と答える。
「収録曲の大半がこのアルバムのために書いた曲ではないんです。僕が理想としているのは、自然に込み上げてきたものを曲にしたいってこと。例えば何か悔しい出来事が起こり、感情が込み上げてきたと同時に曲も一緒に生まれてくるとか。例えば“ライブハウスブレイバー”も感情の赴くままに吐き出した言葉を、ギターをジャカジャカ鳴らしながら読んでいったら出来上がったような曲で。今回の収録曲はほぼそうやってできたものばかりですね」。
嘘偽りない感情を反映させた曲たちを改めてまとめてみたところ、思った以上に〈幅〉が生まれた、というのが事の真相のようだ。ところで表現力豊かなヴォーカルについては、大学時代にのめり込んだアカペラ・グループの活動で培ったものが大きいようで、スウェーデンの実力派、リアル・グループなどの複雑なハーモニー作りから大きな影響を受けたとのこと。「いろんな音楽を吸収する機会となり、視野を大きく広げてくれた」とアカペラ熱中時代を振り返る彼だが、J-Popやジャズ、フォークにR&Bなどのエッセンスを採り入れながらもスタイルを選ばない跳躍力はその活動で養われたものだと言ってもいいだろう。とにかく、しっかりした音楽理論に基づいたハイスペックなポップ・チューンと、青春のガムシャラさを前面に出したフォーキー・ナンバーが分かちがたく並存する世界こそが近石涼にとって正真正銘のリアル。そしてこのユニークな惑星直列のなかに揺るぎない正解が隠れているということらしい。
「この〈変幻自在〉な感じを他の言葉で言い表せないかと考えていて、アルバム・タイトルが閃いたんです。ただカメレオンの生態を調べると、けっこう繊細な生き物なんですよね。周りの色に合わせながら生きることしかできない哀しさも感じる。いつも周りの環境にうまく合わせられず葛藤ばかりしている人間にとって、その哀しさはすごく響くんです。よく言われましたもん、〈どういう方向に進んでいこうとしてるの?〉とか〈どれがホンマの形なん?〉って。いろいろできる器用な人と思われることもあるけど、この統一感のなさからわかるように実は不器用なんです(笑)。つまり〈僕はこういう人間なんで〉と自信と戸惑いが混じり合った感じで語っているのがこのアルバムなんだと思います」。
無駄に正直なアルバムなのである。そのことはもう切ないほどに伝わってくる。ただ今後も、「大切な誰かに向けてどうしても伝えたいストーリーを綴り続けていく、という基本スタンスは変えないようにしたい」と彼は力強く語る。そんな身体の一部とも言うべき楽曲たちを音楽的に洗練させていく作業も今後推進すべき事項だとのこと。ただ、同時に「成長するにあたって徐々に失われていく衝動みたいなものも忘れないようにしたい」とも。要するに笑っちゃうほど貪欲なのである。だから次にどんな色をした近石涼が現れるのか、いまはまったく想像できないでいる。
近石涼
95年生まれ、神戸出身のシンガー・ソングライター。幼少期に習っていたピアノをきっかけに音楽と出会う。中学生の頃にギターを弾きはじめ、高校生の時にはYouTubeに投稿したカヴァー動画で注目を集める。2014年に〈閃光ライオット〉のコピバン部門に出演。2016年の〈COMIN’KOBE16〉にて自作曲“シンガー”がグランプリを獲得する。2019年には弾き語りの自主制作盤『歯形』をリリースする一方、アカペラ・グループで「全国ハモネプリーグ」に出演。今年6月には自主盤『ハオルシアの窓』を発表。“ライブハウスブレイバー”“ハンドクラフトラジオ”などの配信曲でも話題を集めるなか、ファースト・アルバム『Chameleon』(lemon syrup/NEW WORLD)を12月8日にリリースする。