キツネの嫁入りのニューアルバム『Just scratch the surface』がとてもいい。リーダーでボーカル、ギター、メインソングライターのマドナシを中心に京都で活動を開始して実に15年。気がつけば中堅的存在になっているが、一方で、このバンドは常に新風を自分たちの中に取り入れていく姿勢を崩していない。かと言って、そうした攻めまくっているスタンスを決して表に大々的に見せることもせず、いつだって飄々としているというか、淡々としているというか。ジャズロックのような技巧、ヒップホップの持つ自由さ、リリシストとしての繊細さ、パンク的な気骨ある批評性……様々なアングルを持っているのにもかかわらず、このバンドは、決してそれを振りかざすこともなく、この15年、影にもなれば日向にもなってきた。
だが、今回のニューアルバム『Just scratch the surface』は大手を振って日向の道を闊歩してほしいと思える会心の一作だ。サックスに北村信二(元Djamra)、ドラムスに伊藤拓史(CHAINS)を新たに迎えた現在の彼らが、15年という歴史を重ねてきた末に生き生きと楽しげに、それでいて変わらぬダークサイドを抱えながら前を向いて自分たちを鼓舞していることが伝わってくるのが何よりいい。技術的に申し分のない5人のイビツなアンサンブルが、これまでになくしなやかになっているばかりか、マドナシの歌が優しく人の心に寄り添ったものになっているのにも驚かされるだろう。マドナシ、ひさよ(コーラス、ピアノ、アコーディオン)、猿田健一(コーラス、ベース)、北村信二、伊藤拓史による5名そろい踏みの貴重なインタビューをお届けする。
キツネの嫁入り 『Just scratch the surface』 SUKIMA SOUNDS(2021)
尊敬するプレイヤー二人との合流
──新たに正式加入したお二人、北村さん、伊藤さんはかなり前からマドナシさんとはお付き合いがあったそうですね。
マドナシ「そうなんです。特にイトチュウさん(伊藤)は同じ関西で活動する大先輩でしたからね。まさか一緒にやるような……バンドに加入してくれるようなことになるとは思っていなかったです」
伊藤拓史「いやあ、一方的に僕がキツネの嫁入りのファンだったんですよ。昔からやっていることがカッコよかったんです。変拍子を大々的に取り入れてたりして。まだ(マドナシとひさよの)2人体制だった初期の頃に初めて観たんですけど、出してる音は結構柔らかめの感じなのにテクニカルで……。しかも歌詞はまあまあ辛辣。なのに曲そのものはポップというか。そういうところが面白かったんですよね。観たことも聴いたこともないタイプの音楽でした。僕の知る限り、関西にはこんなバンドいなかったですよ」
北村信二「僕もそうです。イトチュウさんと同じくらいのタイミングでキツネの嫁入りを知って。僕も歌詞が結構好きで、いつからかキツネの嫁入りのライブを観にいくようになって、なんかどこかに刺さって、ライブ観終わったら泣いていました(笑)。〈明日は来ないよ〉みたいな世界観が刺さったんですよね。刹那的な世界観というか。僕もDjamra(ジャンラ)というバンドで変拍子を取り入れたりしていたので、お互い変わったことやってるな、ヘンなバンド同士やな、とも思っていました(笑)。仲間意識というか連帯感みたいなのを勝手に抱いていたんですね。直接そんな話をしたことはなかったですけど」
マドナシ「関西でヘンなことをやってる連帯感は確実にありましたね(笑)。北村さんはライブの感想もよう言ってくれてはって。ファーストアルバム(2009年作『いつも通りの世界の終わり』)に入っている“最後の朝焼け”って曲を聴いたら〈グッとくるわ~〉とか。だから、こっちも勝手に連帯感を持ってましたね」
ひさよ「私はキツネの嫁入りを始める前から、北村さんもイトチュウさんも知っていたんですね。私が、溺れたエビの検死報告書というバンドで活動していた時期にイトチュウさんとはメンバーとして一緒にやっていたし、北村さんとももうその頃には知り合っていました。それぞれおかしなことをやっているバンドのうちの一人って感じで(笑)。もちろんポップなことはやってるんですけど、人とは違うことをやっていこうぜ、という感じだったんですよね。ポップなんだけど、わかりやすい方向じゃなくて、わかりにくい方向でって。そういう意味では今回加入してもらったのも自然な流れというか、合流したって感じですね」
北村「うん、合流って感じですね」
猿田健一「管楽器のメンバーを新たに入れるって時に、割とすぐ北村さんの名前が出たんですよ。あと、前のドラムのカギさん(鍵澤学)がスケジュールの都合で叩けない時からイトチュウさんには何度かやってもらっていたんですよね。で、ドラムを探すってなった時に、〈どうしようか?〉〈イトチュウさんしかおらんやろ!〉みたいな話はしていましたね」
マドナシ「とにかくお二人とも尊敬するプレイヤーだったんで、こちらとしてはもうぜひぜひ!って感じで声をかけさせてもらいました。とはいえ、最初は一緒にキツネでやるっていうのはイメージできてなかったですけどね(笑)」
──お二人は加入を誘われた時にはどういう思いだったのですか?
伊藤「僕はもう二つ返事でしたよ。さっきも言ってくれたように何回か一緒にやっていて、その時が面白かったんで余計にね」
北村「僕は19年やっていたDjamraを辞めたタイミングだったし、次の新しいことも始めていた時だったので、割と入って行きやすかったですね」
マドナシ「トランペットに関しては、実は2017年に出した前のアルバム(『ある日気がつく、同じ顔の奴ら』)の時にいたトランペットのメンバーが辞めたあと、メンバー募集もかけたんです。ただ、やっぱりウチらは特殊なバンドなので(笑)、なかなかフィットする人に出会わなかったんですね。管楽器だとレゲエとかスカをやってるとか、逆にバリバリのクラシック出身の人か、ポップスの真ん中でやってるような人とか。そうなると、なかなか難しかった。だったら、本当にやりたいと思える人に声をかけて入ってもらおうって決めました。ドラムに関してもそうで、ベースの猿田くんに至っては同じリズム隊ですからね、僕以上にドラムにはうるさいというか、こだわっていたので、何人かいた候補の中から〈ドラムはイトチュウさんじゃなきゃイヤだ〉くらいに言ったりしてましたしね(笑)。
しかも、そうこうしているうちにコロナ禍になってしまって、いろいろと見直すきっかけができたんです。ちゃんとやりたいことをやっていけるバンドでいたいってことを改めて意識したり、メンバーとも月に何回スタジオに入って、このくらいのスパンで曲を作って……みたいなことを自分の中で今一度固めたりして。メンバーはそういうことを全部受け止めた上で、楽しんで一緒にやってくれる人である必要がありました」