コラム

中川五郎「ぼくが歌う場所 フォーク・ソングを追い求めて50年」ラヴリーだけど骨太。一筋縄では行かない表現者の魅力が詰まった半生記

時代と向き合い、自らのメッセージ・ソングを見つけるまでの半生記

中川五郎 『ぼくが歌う場所 フォーク・ソングを追い求めて50年』 平凡社(2021)

 副題にあるように、本書は関西に住む高校時代からフォーク・シンガーとして活動を始めた、1949年生まれである中川五郎の自伝とも言える書である。2段組。けっこう気張って書いたのねと思ったら、2001~2017年 (季刊誌『雲遊天下』)と2011~2019年(隔月誌『街から』)にかけて連載していた原稿をもとに、加筆/再構成したものであるそうだ。

 9章に分けられ、少年時代の家庭環境の話から始まる。米国のフォーク・ミュージックの存在を知り見よう見まねで人前で歌うようになってから、また1971年に東京に出てきての数年間の部分は日本のフォーク・ブームの表裏を克明に語る。当時の社会の動きとリンクさせたその描写は、あの時代の副ドキュメントとなっていよう。それは、フォークや中川五郎を知らない人であっても、時代のダイナミックな渦のようなものにドキドキできるのではないか。

 実際会うと温厚でふわふわした人だが、動きの振れ幅がある人物である。それは、自由な姿勢の裏返しとは言うことができる? 1980年代に入ると彼は歌う意義を見失い、15年間は音楽作りから離れてしまう。当時、彼は編集者や音楽ライターや翻訳家として働いた。その頃のことは彼の小説「ロメオ塾」(リトルモア刊)に投影されているが、ぼくが五郎さんと知り合ったのはちょうどその時期。もうぼくは、そのチャラさが大好きだった。

 1990年代後期になると彼はもう一度、自分の本懐はやはりこれだと確信を得たかのようにシンガー・ソングライター活動を核に置き、日本各地をライヴで回るようになる。1970年前後はプロテスト・ソングであることにフォークの意義を見出していた彼だったが、ギターを弾きながら歌うことを再開した数年はプライヴェイトな題材を赤裸々に歌にし~それは、文学で言えば私小説であると言えようか~、“ダメなぼく”をある種のペーソスとともに聞き手に差し出した。

 だが、今世紀に入ってからの中川五郎というと、リベラルなメッセージありきの活動を標榜し、また行動の人というイメージが強い。彼が歌詞や音楽に託す真意を成熟とともに見い出し、しなやかに突き進んでいく様子の筆致はとても生理的に愉快だ。彼はメッセージ・ソングのあり方や人前で歌うことの意味を明晰に本書に書き留めて、現在の中川五郎の覚悟を結晶させる。

 とってもラヴリーな人なんだけど、骨太で男っぽい。そんな一筋縄では行かない、正直な表現者の“素敵”がここには山ほど記される。大好きな音楽を軸に、どのように人々や社会と向き合うか。中川五郎という不器用な達人によるこの書は、“時代を生きる”という意味を教えるものでもある。

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