杉山清貴&オメガトライブの4thアルバム『ANOTHER SUMMER』。彼らの最大のヒット曲“ふたりの夏物語 -NEVER ENDING SUMMER-”を収録した代表作の一つで、近年のシティポップ再評価でも注目を集めている。2023年にはリミックスバージョンが届けられたが、今回は1985年7月1日にリリースされた本作の40周年を祝って、ライター桑原シローによる解説をお届けしよう。 *Mikiki編集部

★連載〈名盤アニバーサリー〉の記事一覧はこちら

杉山清貴&オメガトライブ 『ANOTHER SUMMER』 バップ(1985)

 

 

思えばあの頃、あれほど〈AOR〉を身近に感じさせてくれるバンドもなかった。街のあちこちで“ふたりの夏物語 -NEVER ENDING SUMMER-”がひっきりなしに流れていた1985年・夏の杉山清貴&オメガトライブのことだ。透明感に溢れたシンセの響きといい、軽妙で爽やかな16ビートといい、これぞAORというべき記号が随所に散りばめられた完成度の高いナンバーに仕上がったこの新曲だが、“SUMMER SUSPICION”や“君のハートはマリンブルー”など脂が乗りまくっていた時期の林哲司によるそれまでの提供曲と比較しても明快さと説得力がずば抜けていて、たぶんコレまででいちばんおっきな花火になるんじゃない?と誰だって容易に想像できたもの。実際その玉はもっと高いところまで上昇していき、色鮮やかに炸裂したのだった。

シングルがリリースされたのは同年3月6日。日本航空〈JALPAK ’85〉の大型タイアップが付いたため従来以上にメディアにのる機会が著しくアップ。着々とチャートを駆け上がっていき、「ザ・ベストテン」や「ザ・トップテン」といったランキング形式の音楽番組にはレギュラーのような頻度で出演を果たし、お洒落なサマースーツにサングラス姿で軽やかにスウィングする杉山清貴の姿もすっかり浸透していく。まさにバンド人生真っ盛り。もはや絶頂期寸前。しかしその裏では、バンド内で活動にピリオドを打とうとする動きが速やかに進行していた。

いまではよく知られた話だが、オメガトライブとは、所属プロダクションの代表にしてプロデューサーだった藤田浩一(世界に名だたるGSバンド、アウト・キャストの元ギタリスト)が主導するバンドプロジェクトとして始動、彼が理想に掲げた新たな洋楽的ジャパニーズポップサウンドを体現する役割を担う存在だった。つまり彼らのあらゆるヒットソングは、サウンドアプローチやアートディレクションなど完璧に計算し尽くされたプロダクションのうえに成り立っていたもので、われわれのあまり映えない日常に密着させるAORというコンセプトも思惑に沿ったものだったと言える。

そんななか、バンドや周囲にとってまさに目の覚めるようなビッグヒットが生まれてしまう。それから間もなくして、オメガトライブが解散を発表(解散を強く主張したのは、他ならぬ杉山だったという)、年内いっぱい行われるツアーを持って活動を休止する。

そんなインサイドストーリーを抜きにしても、“ふたりの夏物語 -NEVER ENDING SUMMER-”はやはり彼らの最高傑作、本プロジェクトの最高峰だと断言できる。シングルジャケットに写る蒼い海よりも澄み切った世界が展開しているというか、楽曲全体を包み込む彩りが素晴らしい。そしてこのメロディーに命を吹き込むのはこのボーカルしかない、と思わせるほどにフィット感が超ジャストなところ。これから先どんな時代が来ようともこの楽曲がオメガトライブの人気ランキングにおいてトップの座を譲ることは永遠にないだろう。

 

 

というわけで、オメガトライブにとって最後の夏となった1985年、“ふたりの夏物語 -NEVER ENDING SUMMER-”のアルバムバージョンを含む通算4枚目のオリジナルアルバム『ANOTHER SUMMER』が発表される。リリース日は、7月1日。ちなみに涼し気なリゾートサウンドを得意とした彼らが夏本番時期にアルバムを出すのはこれが初のことだった。メインのアートワークに用いられているのは、メンバーフォトではなく従来どおりお洒落なインテリアとしても通用する風景写真で、今回は風光明媚なギリシャ・ミコノス島の景色が選ばれている。

少しこの時期のアルバムチャートを振り返ると、前月リリースの松田聖子『The 9th Wave』がまだ1位に居座っていたり、THE SQUARE(現T-SQUARE)のハワイレコーディング作『R・E・S・O・R・T』や大滝詠一の変則ベストアルバム『B-EACH TIME L-ONG』といった作品もコンスタントにセールスをあげていた。つまり湿度低めで快適な肌触りの音楽が冷房装置の役割を担っていた時代の傑作群がこの年にはいろいろ揃っていて、カラフルな模様を浮かび上がらせていたのだった。

さて内容についてだが、前作『NEVER ENDING SUMMER』でも印象的に用いられていたブラスセクションがここでは大幅にカットされている。反対に目につくのは、バンドサウンドにシフトした楽曲で、疾走感溢れるシモンズのフィルインが印象的なオープニングナンバー“ROUTE 134”とかロック寄りのアップチューンだったりする。同じく杉山作曲のメロディアスなハードロック“真夜中のSCREEN BOARD”なども含め、アルバム全体の風通しの良さを生んでいるのはこういった〈境界〉をぼかしていくようなタイプの曲がイキイキと呼吸しているからだと言えるだろう。

AOR作品としての醍醐味としては、ブラコン色の濃い杉山清貴作曲のミディアムバラード“遠い瞳”がピカイチだ。一瞬だけ登場するファルセットが実に効果的で、杉山のソウルフルなボーカルが堪能できる。また、RAJIEがデュエットパートナーを務める“YOU’RE LADY, I'M A MAN”も非常に高い完成度を誇っている1曲。バンドサウンドにこだわった杉山は当初デュエットに難色を示したそうだが、結果的に両者の透明度の高いボーカルの絡みは実に美味だ。

そして林哲司作品に目を向けると、強力な存在感を放っているのはやはり“ふたりの夏物語 -NEVER ENDING SUMMER-”。個人的には、オメガトライブの従来のテイストを踏まえた“愛の蜃気楼”の香りに惹かれてしまう。清涼感と哀愁味の配分がとにかく絶妙で、林が注入する湿度感がオメガトライブの体質そのものだったなと改めて感じさせる佳曲となっている。

随所に目を凝らすと、バンドメンバーたちの個性のかけらが静かなきらめきを放っていて、淡く滲む〈あわい〉のようなものを発生させていることがわかる本作。でもこの年の12月にはラストアルバム『FIRST FINALE』が届けられ、杉山はソロの道へ。高島信二、西原俊次が参加した1986オメガトライブはダンサブルな路線へと舵を切っていく。活動期間は2年8か月。5枚のアルバムと7枚のシングルを残してオメガトライブの季節は終わる。