沢村貞子が26年半続けた伝説の献立日記をシズル感あふれる映像で食卓へ
名女優で名文家の沢村貞子は、歌舞伎狂言作家の父と“糟糠の妻”の母の次女として浅草で生まれ育つ。役者の兄と弟のために、5歳から台所仕事。女子大進学後、新劇の道に進み、治安維持法の冤罪で収監2年。波乱万丈な半生はエッセイ本になりNHK朝の連続テレビ小説「おていちゃん」(1978年)でドラマ化された。
「『料理に愛情が第一』と、つくづく私が知ったのは、刑務所暮らしのせいである」(中略)「もし、ここから出て、料理をするときがあったら、食べた人がほんとうに喜ぶようにおいしく料理をしよう」(沢村貞子「貝のうた」より)
駆け落ち同然でジャーナリストと一緒になった貞子は、多忙な中、献立日記をノートにつけることを習慣にした。57歳から84歳まで26年半続けた30数冊の献立日記は芹沢銈介の民藝暦に包まれ、大切に保管されている。
フードコーディネーター飯島奈美は、NHK「365日の献立日記」番組出演依頼にプレッシャーを感じつつ、自身のキッチンスタジオと沢村貞子の旧邸宅が徒歩10分圏内という偶然に〈ご縁〉を感じ受諾したという。
映像には顔は出さない。声の出演は鈴木保奈美だ。カメラが追うのは主に手元。献立日記を繰る、調理する、その手の表情には温もりと、ひと工夫がある。〈梅干し〉〈梅酢〉を隠し味に。玉ねぎ炒めに蜂蜜を。すり鉢で胡麻を擂る。摘みたての木の芽や紫蘇穂をあしらう。シズル感がいい。脇役への気配りがいい。
〈青豆ごはん〉献立に、エッセイの逸話を思い出す。グリーンピース好きな夫のために出盛期の豌豆をさや付きで10kg買い、茹でて一年分冷凍保存する段どりの良さ。
「手順が何より大切と、母は口癖のように言っていた」(「わたしの献立日記」より)。天ぷらを揚げるのも片付けるのも手順。糠味噌を漬けるのも糠床を休ませるのも手順。
人生の手順はたやすいことではない。名女優は名脇役を自負して、どんなに忙しい時も愛する人のために台所に立ち続けたという。沢村貞子の著書エッセイ本を何冊か読んでこの映像を見ると、〈貫いた人〉の哲学が見えてくるだろう。