ユーモラスさとシニカルさの塩梅がイイ具合な歌詞に、ひねくれた人懐っこさが魅力のメロディーなど、絶妙なバランス感覚に支えられたポップミュージックでもって絶妙なポイントを突いてくる男。デビュー24年目のシンガーソングライター、徳永憲の印象を語るとするとそんな感じになろうか。
そんな彼の通算12枚目のアルバム『今バリアしてたもん』もまた、そこんところをそういうふうにして突いてくるわけね、と思わずニヤついてしまう楽曲のオンパレードとなっている。変則チューニングを多用することで予期せぬ展開を生み出そうとする作曲スタイル、醒めているのかそれとも熱いのか判別しがたいボーカルなどアピール方法があまりに独創的すぎるがゆえ、〈孤高の〉という形容詞がどうにも似合ってしまうタイプであったが、その傾向がより強くなっている印象をこの2年ぶりの新作は与えずにはおかない。
もっと言うと孤高ぶりの艶めきがこのうえなく高く感じられる楽曲揃いとなっており、おまけにこれまでにないぐらい多作だったりするから(アルバムに加えてレーベルサイトではボーナスEP付きのセット販売もあり。さらに未発表のものまでを含めると今回30曲ほど作ったという)、突き具合がやけに激しく感じられたりもするのだ。まず思い浮かべたのは、今回のレコーディング中、どのような姿勢でどういうふうに音楽制作に取り組んでいたのだろうか?ということ。その辺から話を訊いてみた。
頭の中にはいつもメロディーがグルグルと渦巻いている
――アルバムの制作期間はコロナ禍の真っ只中ということになるのですか?
「外に出られず、家にいたときに作りましたね。溜まっていた曲がけっこうあったので、何かはじめてみようかな、って感じでスタートし、片っ端から録音していきました。それに伴って新しい曲も出来はじめ、ある種のムードが固まっていったんです。あらかじめコンセプトがあって作りはじめたわけではなかったんですよ」
――ムードといえば、前作とは異なる内省的な感触が強く出ているのが特徴的で。そっち方面へ向かっていた理由は?
「前作にあまり弾き語り的な曲がなかったので、そういう曲が溜まっていたという理由がまずあって。加えてコロナ禍の沈滞したムードの影響も少なからずあったと思います。たくさんレコーディングしたんですけど、このコロナ禍のムードに合うものを選んでみて、結果的に一貫したトーンが生まれたんだと思う」
――従来から作品作りの際は、その時々の置かれた環境や精神状態が大きく反映したりするのですか?
「そうでもないですね。はじまりはたいてい作曲からで、そのメロディーに合う歌詞を探していくんですが、バッチリ合うものが出てくるのをひたすら待つ、って感じですかね。かならずしも生活のなかから降りてくるわけではないですね」
――すると頭のなかはいつも理想とするメロディーやサウンドが渦巻いているような状態だったりする?
「グルグルと渦巻いている感じですね。そこに書き留めておいたフレーズなどを当てはめたり、削ぎ落としたりしつつ曲にしていく」
――そのスタイルは曲作りを始めた頃からずっと変わらず?
「次第にそうなっていった感じですかね。僕にとって作曲の原点は犬の散歩での鼻歌からはじまってるんで。これまでいろんなやり方を試してみたんです。サンプラーとか使って遊びながら作ろうとしたり。でもアコギを抱えて、ポロンポロンとやりながらはじめるのが自分には合っているんだとわかった。サウンドの方向を決めて、こういう完成形をめざして、と作為的に進めていくよりも、何もない状態でアコギと向き合ってみるというスタイルが自分に合っている」
いつまでも揺れていたいという気持ちを映したコーラスワーク
――それにしても“ターゲットと呼ばれて”をはじめ、今回もコーラスワークの充実ぶりは目を瞠るものがありますね。コーラスへのこだわりをぜひ語っていただきたい。
「自分自身への評価として、リードボーカリストだとあまり自覚できていないところがある。ただ自分の曲を誰かに歌ってもらうとなると、どうしても違和感が出てくる。そのギャップを埋めてくれるのが、コーラスなのかなぁと思っているんですけど」
――自分の身の置き場所としていちばんしっくりくるのがそこだと?
「そうですね。自分の声を重ね上げて作り上げた世界を眺めていると、そうそうコレコレって、って気持ちになる。もちろんボーカル一本でうまくいく曲であれば、あえて足すことはしない。何か足りないな、何か欲しいな、と感じた場合、まず自然に出てくるのがコーラスを入れるという発想なんです」
――いつも、いつまでも漂っていたい、といった徳永さんの願望のメタファーだったりするんじゃないかという気もします。ちなみにコーラスを好きになったきっかけは?
「10㏄やクイーン、あとビーチ・ボーイズ。そういった面々の好きな曲から学んでいった感じですね。好きだった曲のコーラスがすごく特徴的で、そこに自然と耳が向かっていった、という表現のほうが正しいかもしれません」
――あとファルセットを多用した“肘鉄”が醸す浮遊感が本当に素晴らしい。フィーチャーされたメロトロンの響きも含め、曲全体をとおして妙に心をざわつかせる独特な揺れを感じられるのですが、アルバム全体を聴くと、どの収録曲にも同質の揺れが感じられるな、ってことに気づかされました。
「あ~、たしかにそうなりましたね。本当はもうちょっとグチャッとなるようなギターソロとかを用意していたんですけど、弾いても弾いてもどうにも合わなくて。ここに落ち着くまでにぐちゃぐちゃ触りながら試行錯誤しました。歌詞も不安定なところがあるし、曲のそういう性格がそういった感覚を呼んだんでしょうね」