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Photo by 前澤秀登

しかし、パフォーマンスの途中、ASUNAは後ろを振り向き音響スタッフ(PAエンジニア)に向かって、片手で指示を出した。パフォーマンス冒頭から続く〈演劇部〉っぽい演技ではなく、少しだけ厳し目な表情で、手をくいくい動かした。それは〈電子音の音量をもっと上げて!〉という明確なメッセージ。

『Falling Sweets / Afternoon Membranophone』では、自動的にお菓子たちが奏でる生音とは別に、シンセサイザーなどの電子音源を奏でる音もお菓子のトリックによって同時に鳴らされている。音を増幅して伝える音響装置も実はある。〈音量をもっと上げて!〉という指示を出した、ということは、演劇のように見えて、展示するに任せたアート作品のように見えて、このパフォーマンスはやはり〈音楽〉なのだろう。〈音楽、音響としての良し悪し〉についての明確な判断基準がASUNAにはあり、〈演劇部〉風の朴訥でユーモラスな演技を脱ぎ捨てて、スタッフにその指示を出したことは、それが〈音楽〉であることの証拠だ。

結果的に、『Falling Sweets / Afternoon Membranophone』を間近で鑑賞した僕は、それを間違いなく〈音楽〉だと感じた。もちろん、この作品は、先鋭性のある演劇祭での上演はできるだろうし、記録映像としてスクリーンで上映しても面白いだろう。美術館でのパフォーマンスにはぴったりだし、上演し終わったセットをそのまま展示しても見栄えがあるだろう。その開かれた横断の可能性こそ『Falling Sweets / Afternoon Membranophone』の優れた部分だと思う。しかし、だとしたら、僕が観ているものは結局のところ何なのか?

Photo by 前澤秀登

パフォーマンスの終盤。全ての音が消えた後に、一切の言葉を発しないまま、二人は水で薄まった〈パチパチパニック〉で満たされたワイングラスを手に取り乾杯。こうして公演は無言のまま終わった。見事なフリとオチ。コンビ芸人〈髭男爵〉の定番のギャグすら連想され、これはもう〈お笑い〉とすら呼べるかも?と一瞬笑いそうになったけれど、その解釈もやはり違う。アフタートークで判明したのだが、終始無言でASUNAのパートナー役を演じた女性は〈加藤りま〉。かつて〈ストロオズ〉としてデビューし、現在はソロとしてレーベル〈FLAU〉から音源をリリースしている〈音楽家〉だったのだ。女優、モデル、あるいはアイドル、もしかしたら人形でも可能かもしれない無言の役柄に、〈音楽家〉を配置しているところに、このパフォーマンスの〈音楽〉としての根拠を強く感じ、深く納得した。

観ているのか、聴いているのか? ハプニングなのか、演奏なのか? 演劇なのか、展示なのか、結局、僕たちは何を観て、聴いているのか? そんな問いかけがなんども去来し、余韻のように残る『Falling Sweets / Afternoon Membranophone』。優れた作品は、アートフォームを横断することすら自由なものだけれど、でも少なくとも僕はこの日、これは強く〈音楽〉であり、〈音楽家〉の行為だと感じた。次は年老いたスカウトマンのように目をつぶって、アーカイブされた『Falling Sweets / Afternoon Membranophone』を耳だけで聴いてみようか? 果たしてそれは〈音楽〉として聴こえるのだろうか?

 


INFORMATION
ASUNA『Falling Sweets / Afternoon Membranophone』
アーカイブ視聴をご希望の方は、info@scool.jpまでメールを頂ければ配信URLをお送りします。 ※投げ銭制になります。ご視聴後は下記SCOOL PayPalまで必ず送金をお願いします
アーカイブ期間:2022年6月29日(水)23:59まで
投げ銭:https://www.paypal.me/mitakaSCOOL
お問い合わせ(SCOOL):info@scool.jp
https://scool.jp/event/20220528/

 


PROFILE: ASUNA
石川県出身の日本の電子音楽家。語源から省みる事物の概念とその再考察を主題として作品を制作。同時に音の物理現象に関する美術作品の制作/パフォーマンスも行う。代表作に〈organ〉の語源からその原義である〈機関・器官〉としてオルガンを省みた『Each Organ』(2002年)、本の語源としてのブナの木を元に情報の記録・運搬について扱った作品『Epidermis Of Beech』(2012年)などがある。近年は、干渉音の複雑な分布とモアレ共鳴に着目した作品『100 Keyboards』(2013年)で、〈メルボルン国際芸術祭〉(2018年)、〈シンガポール国際芸術祭〉(2019年)、〈ベルファスト国際芸術祭〉(2019年)、など海外のアートフェスティバルから多数の招待を受け展示/パフォーマンスを行い、昨年も米NYの名門の芸術劇場である〈BAM(ブルックリン・アカデミー・オブ・ミュージック)〉からの招待を受け、全公演ソールドアウトとなる単独公演を成功させた。並行した音楽制作では、10代の頃から東京の実験音楽/即興/音響シーンに関わり、様々なアコースティック楽器やコンピューターによる作曲作品から即興演奏まで行いつつ、無数のオモチャ楽器と電子音楽によるパフォーマンス『100 Toys』(2007年)を中心とし、録音作品では毎回多岐に渡るコンセプトながらも一貫した作品制作を行う。これまで海外25か国以上で演奏/展示、CDやレコードなどをリリース。ドイツの電子音楽家のヤン・イェリネクや、美術家の佐藤実 -m/s、トラックメイカーのshibataらと長年に渡りコラボレーションによる制作も行っている。また、自身のレーベル、aotoaoでは長年のツアーで直接共演してきたアーティストからなる『カシオトーン・コンピレーション』のシリーズをリリースしており、英国即興シーンのレジェンドであるスティーヴ・ベレスフォードやリチャード・ヤングス、ヨ・ラ・テンゴ/ダンプのジェイムズ・マクニュー、シー・アンド・ケイクのサム・プレコップ、タウン・アンド・カントリーのベン・ヴァイダ、さらにはイノヤマランド、AKI TSUYUKO、ゑでぃまぁこん、ラッキーオールドサンまで、多岐にわたるジャンルの音楽家が参加している。2022年4月には3週間にわたるアメリカツアーを大盛況のうちに終えている。

PROFILE: 西島大介
マンガ家。『ディエンビエンフー』『世界の終わりの魔法使い』など作品多数。近刊は「世界の終わりの魔法使い 完全版 6 孤独なたたかい』(駒草出版)。カンボジア内戦を描く最新作『Kommunismus(コムニスムス)』をTMSLabで連載中。2020年に個人電子配信レーベル〈島島〉を設立し、自作マンガ40タイトル、音楽名義〈DJまほうつかい〉名義の200超の楽曲を配信中。2022年8月11日(木・祝)、西島大介・吉田隆一Duoとして東京・荻窪Velvetsunの〈チャリで来た。〉(仮)に出演。