我が道を行くポジティヴィティを、悠然としたジャズ・ヴォーカル表現へと結晶

 とっても、率直。そして、ある意味型破りな人。と書いてしまうと、その大人な音楽性からは、大きく離れてしまうだろうか。ジャズ・シンガーである下總佐代子のセカンド・アルバム『フィール・スウィンギン』はスタンダードをしったりと歌う、奇を衒うことがない内容を持つ。そこには“パリの4月”や“イン・ア・メロウ・トーン”をはじめ趣を持つ楽曲が、風情ある歌声で悠然と披露されている。

下總佐代子 『フィール・スウィンギン』 Grace Notes(2022)

 「レコーディングしたときに一番好きな曲を選びました。基本的にはメロディ・ラインが複雑なものが好きですね。うん、単純じゃなくて」

 だが、その一方で妙な節をつけたりするのは嫌いであるそう。

 「なんか変な癖を持つ歌い方が、日本は流行ってるじゃないですか。私はそういうの、好きじゃないんです。ジャズだと声も楽器であるとも言われますが、いい歌詞があり、しかも綺麗なメロディがあるのに、なにもそれを崩したり、シャバダバ言う(スキャットする)必要もないと思うんです」

 面白いのは、今作が熟達ピアニストである山本剛のトリオ等で弾くダブル・ベース奏者の香川裕史とのデュオで録られていることだ。百歩譲ってピアノやギターとのデュオによる穏健傾向ジャズ・ヴォーカル作はあっても、ベースとのデュオ盤はそうはない。

 「だって、普通にやってもつまらないじゃないですか。じゃあ、ベースとデュオをやってみようかと思いました。面白かったですよ」

 録音はほぼ1テイクでなされたが、どっしりしたベース演奏を介し彼女の心地よい歌声や息遣いが直截に聞く者に伝えられる。また、アルバムの最後には彼女の祖父である下總皖一の“野菊”(1942年)も収められた。

 「いろいろあったなか、今あるのはやっぱり祖父のおかげだと思うんですよ」と彼女が語る下總皖一は東京藝大の高名な教授だった人物で、クラシック作品だけでなく数多の唱歌や校歌を書いた好メロディ・メイカーであった。この曲はベースの弓弾き音のもと、うまくジャズ化されている。

 それから、最後に彼女の型破りなところをもう一つ。なんと、デビュー作『キープ・ステッピン』(2019年)をリリースしたのは60歳を過ぎてからだった。子育てを終え、50歳近くになってジャズを習い出し、彼女は人前でも歌うようになった。かような下總は気負わず、ポジティヴでマイ・ペース。そんな彼女の生き方は、同性にとってロールモデル足りえるのではないだろうか。