リアルな人間の姿を描く〈文楽〉の大人も楽しめる入門書
日本の伝統芸能のひとつである文楽をご覧になったことはあるだろうか? 本書は一般的には〈難解〉〈敷居が高い〉といったイメージがある文楽を、色々な工夫を凝らして多角的にその魅力と仕組みについて紹介している。
その伝えようとする熱量がとにかく凄い。正式には〈人形浄瑠璃文楽〉というように、文楽の構成要素である人形・義太夫・三味線の説明から、舞台がどのように作られているか、物語の舞台となる江戸時代の価値観までをイラストや4コマ漫画を使ってポップに楽しく描かれている。
さらに文楽通であるロバート・キャンベルへのインタヴューや、本書の監修も手がける文楽の太夫である竹本織太夫と声優の石川由依との〈声〉を生業とするもの同士の対談、なかでも秀逸だったのは、精神科医の名越康文が14歳頃から出会う人間関係の悩みや自分自身の悩み、社会への疑問などを文楽の演目を題材にして答えるエッセイだ。
ここで相談される悩みは思春期にある悩みだが、実は大人になっても続く悩みだ。「倫理や道徳ではなく、人間同士のリアルな世界を描いている」とあるように文楽の物語は、にっちもさっちも行かない極限状況を倫理や道徳を超えて、半ば強引に乗り越えていくという話が多い。時代劇でもあるし、現在の基準からすると一見、現実感離れした設定や展開に感じるかもしれない。がしかし、文楽の演者たちの力量を持ってすると、現代にも通ずる極めて人間くさいリアルな物語が出現する。しかも、そこには答えはなく「何をどう感じるかは観る側の主観に自由に委ねられている」のである。
そもそも、登場人物が多いとか、混み入った物語など現代のアニメとの共通点も多い。アニメ好きのお子さんと一緒に文楽を観に行ってはどうだろう。その前に親子で本書を一読するとより楽しめると思う。お勉強や知識として観劇するのではなく、リアルでダイナミックかつ洗練されたパフォーマンスを味わうための最良の入門書だ。