伊藤蘭が紅白に〈初出場〉

2023年も例年どおり12月31日(日)に放送される「NHK紅白歌合戦」。今年の第74回は、いま音楽界をリードする若手や中堅アーティストの初出場が多いのが特徴で、幅広い年齢層の音楽ファンの間で話題になっている。

そんな中で注目したいのは、あるベテランシンガーの初出場である。厳密には初出場ではなく4回目で、46年前の77年、第28回にグループで出場している。そう、元キャンディーズの伊藤蘭だ。

紅白でのパフォーマンスには期待がかかっているが、俳優として長く活動してきただけに、そもそも彼女の歌手活動について知らない方も多いのではないだろうか。というわけで今回は、〈シンガー・伊藤蘭〉を知るための作品を紹介しよう。

 

伝説のアイドル、キャンディーズが残した名曲

まず、キャンディーズ時代について。東京音楽学院のスクールメイツ出身である伊藤蘭(ラン)、藤村美樹(ミキ)、田中好子(スー)の3人がNHKの番組「歌謡グランドショー」のマスコットガールに選ばれ、キャンディーズは72年に結成された。73年にシングル“あなたに夢中”でデビューし、77年の日比谷野外音楽堂でのコンサートで解散を宣言、78年に後楽園球場でお別れコンサートを開催。活動期間はわずか4年半(!)だが、説明するまでもなく日本の歌謡史とアイドル史にその名を刻んだ伝説的なグループだ。

そんなキャンディーズが残した作品は、作詞作曲と編曲、演奏や録音を含めて、歌謡曲の黄金時代を象徴する名曲ばかり。しかし、先日NHKの番組「名盤ドキュメント」で取り上げられたことも評判を呼んだ初の全曲オリジナルのアルバム『年下の男の子』(75年)などのスタジオアルバムは現在、残念ながら廃盤だ。とはいえ2019年に配信がスタートしたので、ストリーミングサービスではライブ盤などを含めて全作を聴くことができる。

キャンディーズ 『年下の男の子』 CBS/ソニー(1975)

なのでCDなどのフィジカルで手に入れられるのは、ベスト盤が中心。最新ベストは、今年リリースされたデビュー50周年記念作品『The Platinum Collection ~50th Anniversary~』。同作は伊藤と藤村が企画に初めて参加したもので、2人の対談がブックレットに掲載されている。

キャンディーズ 『The Platinum Collection ~50th Anniversary~』 ソニー(2023)

収録内容は、ディスク1はシングルA面、ディスク2はシングルB面、ディスク3は伊藤のフェイバリット、ディスク4は藤村のフェイバリット、ディスク5は伊藤&藤村の〈アワ・フェイバリット・コレクション〉という豪華なもの。“年下の男の子”(75年)、“ハートのエースが出てこない”(75年)、“春一番”(76年)、“夏が来た!”(76年)、“暑中お見舞い申し上げます”(77年)、“微笑がえし”(78年)など、数え切れないほどある代表曲・名曲はもちろん網羅されている。さらに隠れた名曲、レア曲も収録されているので、往年のファンも入門者も手に入れたいアルバムだ。リリースにあわせてタワーレコードのアイドル企画〈NO MUSIC, NO IDOL?〉に初登場したことも、話題になった。

 

『The Platinum Collection』は仕様の豪華さもあって少々高額だが、もう少し気軽に買えるところではベストセラーの『ゴールデン☆ベスト』シリーズがおすすめ。ヒットシングルを全曲網羅し、貴重音源のリミックスメドレーも収録した2枚組『ゴールデン☆ベスト キャンディーズ』(2002年)と、シングルA面に特化した1枚組『ゴールデン☆ベスト キャンディーズ コンプリート・シングルコレクション』(2011年)が決定版だと言える。

キャンディーズ 『ゴールデン☆ベスト キャンディーズ』 Sony Music House(2002)

キャンディーズ 『ゴールデン☆ベスト キャンディーズ コンプリート・シングルコレクション』 Sony Music Direct(2011)

78年4月4日に開催された、前述のファイナルコンサートを収めたDVD「CANDIES FOREVER」(2006年)も、在庫僅少だが販売中。ビジュアル表現も当然重要だった伝説のアイドル3人の、貴重な勇姿を見ることができる。

キャンディーズ 『CANDIES FOREVER』 GL Visual(2006)

 

キャンディーズ解散から41年後のソロデビュー

キャンディーズの解散後、伊藤は79年に車にはねられて怪我を負い、休業を経て80年に映画「ヒポクラテスたち」で主演を務め、俳優活動を本格的に開始した。

大森一樹, 古尾谷雅人 『ヒポクラテスたち《HDニューマスター版》』 キング(2015)

大森一樹, 古尾谷雅人 『ヒポクラテスたち〈廉価版〉』 キング(2023)

その後は、俳優として映画・ドラマ・舞台に出演することが活動の中心に。2011年には東日本大震災復興支援チャリティーソング“ひとりじゃないの(feat. 石川ひとみ、伊藤蘭、太田裕美、大島花子、桑江知子、サエラ、ザ・リリーズ、ラヴァーズソウル、広谷順子、中尾ミエ、松本明子、michiko、山下久美子)”へ歌い手の一人として参加したものの、それは単発企画への参加にすぎなかった。

その中で待望の歌手・音楽活動への復帰を大々的に果たしたのが、キャンディーズの解散から41年後の2019年。ソロデビューアルバム『My Bouquet』をリリースしたのだ。

伊藤蘭 『My Bouquet』 Sony Music Direct(2019)

復帰の理由について伊藤は、歌手活動への誘いは過去にもあったが、芝居の道に生きていたことや結婚・出産・子育てなどで「歌が入るスキがなかった」が、「ふとした隙間に入り込んできた」とインタビューで語っている。「年齢的にもこれが最後のチャンス」という実感もあったようだ。

『My Bouquet』には、阿木燿子&宇崎竜童、トータス松本、門あさ美、森雪之丞、丸谷マナブ、若田部誠といったベテランから若手まで多彩な作家陣が作詞作曲で参加。みずから3曲の作詞を手がけてもいる。音楽的には、70年代アイドル歌謡風の“ああ私ったら!”から、ボッサポップの“ミモザのときめき”、アコースティックなバラードの“あかり”、最新J-POP調の“秘密”まで、非常にバラエティ豊か。その歌声は、〈成熟した歌手〉のそれとはまたちがう、41年越しの再デビューのフレッシュさと伸びやかさに満ちており、アイドル時代の瑞々しさを多分に残しているのが魅力である。

 

復活ライブと怒涛の勢いの歌手活動

同年に初のソロ公演とツアーをおこなった伊藤は、翌2020年にその時の模様を収めたBlu-ray Discと​DVD「伊藤 蘭 ファースト・ソロ・コンサート 2019」をリリース。キャンディーズ時代の曲も6曲披露された奇跡的・歴史的な復活ライブが、いつでも見ることができるようになった。

伊藤蘭 『伊藤蘭 ファースト・ソロ・コンサート 2019』 Sony Music Direct(2020)

同じ2020年にはアンコールツアーを開催し、多保孝一が作曲した新曲“恋するリボルバー”を配信リリース。キャンディーズの曲を12曲と前年よりもさらに増やしたセットリストでファンを喜ばせたツアーの様子は、2021年に「伊藤蘭 コンサート・ツアー 2020 〜My Bouquet & My Dear Candies!〜」としてBlu-ray/DVD化された。

伊藤蘭 『伊藤蘭 コンサート・ツアー 2020 ~My Bouquet & My Dear Candies!~』 Sony Music Direct(2021)

さらに2021年には、セカンドアルバム『Beside you』を発表している。同作も作曲者は華々しく、布袋寅泰、トータス松本、森雪之丞、佐藤準、多保孝一らが名を連ねた。トータス松本作曲の“あなたのみかた”で聴けるフィル・スペクターのウォール・オブ・サウンド風なアレンジなど、既存の伊藤蘭像の踏襲とそれを覆す新たな音楽性が共存したアルバムだ。

伊藤蘭 『Beside you』 Sony Music Direct(2021)

2022年にリリースしたのは、3作目の映像作品「伊藤蘭 コンサート・ツアー 2021 ~Beside you & fun fun Candies!~ 野音Special!」。キャンディーズが解散宣言をした、縁の深い日比谷野音のステージに立ったライブが収められている。『Beside you』の収録曲はもちろん、44年前には歌わなかった“さよならのないカーニバル”など、キャンディーズの曲を15曲も歌い切った。

伊藤蘭 『伊藤蘭 コンサート・ツアー 2021 ~Beside you & fun fun Candies!~ 野音Special!』 Sony Music Direct(2022)

今年7月には、サードアルバム『LEVEL 9.9』を発表した。作曲で奥田民生&トータス松本、亀田誠治、松本俊明、多保孝一、山川恵津子、IKEZO、安部純、佐藤準が、作詞で売野雅勇、森雪之丞、松井五郎、岩里祐穂、jam、いしわたり淳治が参加し、前2作を更新する豪華さが目を引く。伊藤のボーカルにオートチューンがかけられた(!)ネオシティポップな“Shibuya Sta. Drivin’ Night”(7シングル化を控えている)など、音楽的な幅広さは随一。“春になったら”のような、キャンディーズとの繋がりを想起させる曲も嬉しい。

伊藤蘭 『LEVEL 9.9』 Sony Music Direct(2023)

『LEVEL 9.9』のリリース後は、デビュー50周年ツアー〈伊藤蘭 50th Anniversary Tour ~Started from Candies~〉が開催されたことも記憶に新しい。

 

伊藤蘭は紅白で何を歌う? 親子共演も?

歌手・伊藤蘭としてのブランクを埋めるかのような怒涛の勢いで歌い続けているこの4年を経て、ランちゃんは紅白でどんなパフォーマンスを見せてくれるのだろうか? 〈枯れ〉とは無縁のキュートさと爽やかさを携えた歌声が紅白の場で披露されるのが、まずは楽しみだ。当然気になるのは選曲で、現在のライブと同様、ソロ曲とキャンディーズの曲の両方がメドレーで披露されるのではないか?と予想できるが、はたして……。

さらに期待が膨らむのは、親子共演だ。伊藤と水谷豊との間に生まれた俳優の趣里は今、NHK連続テレビ小説「ブギウギ」の主演を務めている。笠置シヅ子をモデルにした「ブギウギ」だけに、紅白での特別ステージもありそうなので、そこでラン&趣里のタッグが見られたら確実にアガる。

ちなみに趣里は、役名の〈福来スズ子〉名義で劇中歌集『福来スズ子 傑作集』を12月13日(水)にリリースする。こちらも、ランちゃんファンはぜひあわせてチェックしてほしい。

福来スズ子, 趣里 『福来スズ子 傑作集』 コロムビア(2023)

さらに余談になるが、「相棒」シリーズで知られる俳優の水谷も、歌手として多くの作品を残している。代表曲は、ドラマ「熱中時代・刑事編」主題歌“カリフォルニア・コネクション”(79年)など。〈歌手・水谷豊〉を知るには、やはり『ゴールデン☆ベスト 水谷豊』(2002年)が最適だ。そんな水谷豊・伊藤蘭・趣里の親子3人、〈歌手〉として同じステージに立つことも、いつか実現するのだろうか……?

水谷豊 『ゴールデン☆ベスト 水谷豊』 フォーライフ(2002)

 


TV INFORMATION
第74回NHK紅白歌合戦

2023年12月31日(日)NHK総合、BS4K、BS8K、ラジオ第1、NHKプラス配信あり
放送時間:19:20~23:45
※中断ニュースあり
https://www.nhk.or.jp/kouhaku/