南イタリアの伝承曲を現代的なアコースティック・ミュージックに
南イタリアには都会的なナポリ歌謡以外にも豊かな伝統歌謡がある。イタリアン・ロンディネッラ・カルテットの『アムルサンツァ~溢れる愛と優しさと~』はそんな曲の数々にギター、マンドリン、打楽器の名手たちによる現代的な演奏と歌で取り組んだアルバムだ。グループのヴォーカリスト、エンツァ・パリアーラはプーリア州の小さな町で生まれ育った。
「あたり一面オリーブやブドウやオレンジの畑。大人たちが畑で働きながらうたうのを聞いて育ちました。歌を仕事にできるとは思っていませんでしたが、時代が変わり、人々が急速に伝承曲に興味を示さなくなるのを目の当たりにして、こんな素晴らしいものを残さなければ、悔いが残ると思ったのが20歳のときでした」
時代を超えて残る民謡は、口承されるたびに変化し、鍛えられ、磨かれてきた。一見素朴そうでいて象徴的な表現も少なくない。
「昔の歌は自然と共に暮らす中から生まれました。自然は人々の文字であり、木や花や鳥が生活感情を表わしてきたんです」
たとえば“若き青年アントニオ”は、かなえられない恋に絶望して死の床につく青年の物語だが、そこではザクロの実が若者の命を、ふたつのピンクのリンゴが女性の胸を表わしている。
「この歌は地域によって歌詞や曲が少しずつちがうんです。青年が病の床につくところからはじまり、そのいきさつに戻るヴァージョンもあれば、青年と娘との出会いから時系列にそって物語るヴァージョンもあります。青年が死ぬ歌が多いんですが、女性が持ってきたザクロによって生き返る歌もあり、わたしはそのヴァージョンが好きなんです」
伝承曲の多くは無伴奏か太鼓のリズムだけでうたわれていた。編曲にあたっては、元曲のメロディやリズムの特徴を生かすように細心の注意を払った。カンパニア地方の“ヴェスヴィオの踊り”は、復活祭の後で聖母マリアに捧げられる音楽だが、アルバムの演奏では、伝統的な打楽器と歌ではじまり、途中から弦楽器の繊細なメロディと複雑なリズムが加わる。その響きから、イタリアのポピュラー音楽史に輝くファブリツィオ・デ・アンドレの名作『地中海への道程』に通じるものも感じた。
「共通する感覚があると言っていただいてうれしい。そのアルバムをプロデュースした元PFMのマウロ・パガーニとは、南イタリアの民謡を現代化する企画で、3年間一緒に世界を回ったんですよ」
イタリアの大地の匂いと空の色をたっぷり味わってほしい。