小池玉緒――幻のテクノ・ポップ歌手が持つタイムレスな魅力

 幻のテクノ・ポップ歌手、小池玉緒がYENレーベルのカタログに吹き込んだレア曲の数々が、一枚のアルバムにまとめられた。

 小池玉緒は、62年に東京で生まれたモデル/歌手。15歳の頃からモデルとして活動する傍ら、82年にカネボウ化粧品のCM〈浮気な、パレット・キャット〉へ出演したことをきっかけに注目を集め、同年、細野晴臣との出会いを通じて音楽活動を開始した。83年、細野と高橋幸宏がアルファ内に共同設立したYENから、YMOの全面バックアップによるシングル“鏡の中の十月”で正式な歌手デビューを果たす。当初はアルバムのリリースも検討されたが、果たされないまま85年にYENが閉鎖となってしまう。90年代にもミニ・アルバムをリリースするが、その後は歌手としての目立った活動もなく、一線を退くことになる。

 一方で、オリジナルのリリースから時間を経て、一部のリスナーやDJの間で上述のシングル曲“鏡の中の十月”がカルト的な人気を博すこととなる。独特のフレンチ・テイストを湛えた〈YMO歌謡〉あるいは〈和レアリック〉の名曲として、非リアルタイム世代からも熱心に支持されるようになったのだ。2019年には7インチ・レコードがリイシューされ、世代を超えて話題となったことも記憶に新しい。

小池玉緒 『TAMAO - Complete Yen Years』 ソニー(2023)

 そんななかで登場した本作『TAMAO - Complete Yen Years』は、多くのファンが待ち望んだコンピレーション・アルバムといえるだろう。まず目を引くのが、“鏡の中の十月”の各ヴァージョンだ。シングルB面に収録されていた、アンビエント・ポップ風のミニマルなアレンジが心地よいフランス語版“Automne Dans Un Miroir”をはじめ、オムニバス『YEN卒業記念アルバム』(85年)が初出であったヴォーカルの大胆なディレイ処理が印象的なリミックス版、『YEN BOX VOL.1』(96年)収録のカラオケ版、さらには同ボックス特典盤CDに収録されたYMOによるデモ・トラックが集められている。各ヴァージョンの差異に興味をそそられるのはもちろん、オリジナル・ヴァージョンの特異な清涼感にも改めて心を奪われてしまう。YMOの作り出すサウンドの瑞々しさ、小池の儚げなヴォーカルの魅力は、まさにタイムレスと表現するのにふさわしい。

 ゲスト歌手として参加した諸トラックも網羅している。“三国志ラヴ・テーマ”はNHKの番組のために細野が書いたテーマ曲のエンディング・ヴァージョンで、小池がヴォーカルを務めた。続く“夢見る約束”は、細野のソロ・アルバム『フィルハーモニー』(82年)の初回付録として付けられたソノシートが初出。細野のナレーションをカットしたヴァージョンがカセット・アルバム『改訂版 音版ビックリハウス 逆噴射症候群の巻』(82年)に収録され、小池がコーラスで参加した(後に戸川純が取り上げた)。これらは、『フィルハーモニー』と地続きのサウンドとなっており、聴き比べてみるのも楽しいだろう。

 同じく“魔海サルガッソウ”“秘境の大瀑布”“深海S・O・S”は、ゲルニカのメンバーだった太田螢一のソロ作『太田螢一の人外大魔境』(83年)に収録されたヴォーカル参加曲で、他のトラックとはやや異なる伸びやかな歌唱を味わうことができる。
幻のアルバム用に準備されていた当時の未発表曲が手軽に聴けるようになったのも嬉しい。これらは、前述の『YEN BOX VOL.1』同様に現在著しくプレミア化している『YEN BOX VOL.2』(96年)のボーナス・ディスクに収められていたもので、後にウォーター・メロン・グループが取り上げた“SEXANOVA”から、松田聖子が“わがままな片想い”としてリリースした曲の元ヴァージョン“カナリヤ”、遊び心溢れるファンキーな“TAMAGO”、スライ&ザ・ファミリー・ストーンによる“Runnin' Away”のキュートなカヴァーまで、YENのミッシング・リンクとも言うべき貴重な音源だ。
さらにブックレットには、小池本人によるメッセージやレアな写真も掲載されており、資料性も高い。幅広いリスナーにオススメしたい決定版的な一枚だ。 *柴崎祐二

ウォーター・メロン・グループの84年作『COOL MUSIC』(アルファ)、 スライ&ザ・ファミリー・ストーンの71年作『There's A Riot Goin' On』(Epic/ソニー)