中村一義の伝説的な1stアルバム『金字塔』(1997年)が、ボーナストラックを収録したデラックス仕様の2枚組クリアブルーヴァイナルで2025年11月26日(水)にリイシューされる。今回は、中村一義の独特の歌詞について小説家の奥野紗世子に綴ってもらった。 *Mikiki編集部
中村一義 再評価バイブスを高めたい
大声を出しそうになる……。
地下鉄、部屋、散歩道で……。
わたしが自我を持つ数年前にあった概念、〈97年組〉、スーパーカー、NUMBER GIRL、くるり、中村一義。その中での中村一義の現在の評価されていなさ具合に!!
だって絶対おかしいもん。
現在、2025年、過小評価すぎるんだよ中村一義は……。許せない。
わたしは『金字塔』のアナログ再発によって歌詞について書かせていただく機会を得ましたので、これを機に大きい声を出すことによって再評価のバイブスを高めていきたいです。
そういう使命感を感じている文章です。
22歳の人間が描ける世界観ではない
最近よく使われる言葉で「人生何周目?」っていうやつがありますよね。
年齢にふさわしくない落ち着き方や考え方をしている人に対して使われるクリシェですけど、これってそんなに使うべきじゃないって思うんですよ。
なぜならこれは「10年にひとりの天才」と言われた中村一義にこそ使われるものなのではないんじゃないかと。
リリース当時22歳の人間、ならば20歳くらいのときに『金字塔』の曲を書いているんじゃないか、が描ける世界観ではない。
説教くさくない人生論
たとえば“いっせーのせっ!”。
歌い出しの「例えばね、台本があって、もう全てが進むような。」からして、まず句読点の打ち方が歌詞としてあり得ないんですけど……そのあとに「堕落してるような時期も、そう、台本の一部だっていうような。」と続いて、中村一義は人生がもう台本の通りに進んでいると言っているんですね。
「いいんだよ。後はだいたいで。あ、まぁまぁ休んで。/ねぇ、だって、いいのか? 喜んどかないと、/また暗い日が来んだよ。」と、ここまで言っておいてサビで「いっせーのせっ! そん時にね、もう全部を解ってたんだ。/いっせーのせっ! の時にね、そうだ。何かを見通したんだ。んで…」と言う。
リスナーに対して言っている内容が「人生っていろんなことがあるけど、まぁ暗いときばっかじゃないんでクヨクヨするなよ」なんですよね。
こういう内容ってだいたい言われると「うるせえな」って気持ちになるものですが、中村一義だとならない。
高音の歌声と、明るい曲の調子のおかげなのか、そんな内容を歌っているとは思えないんですよね。それがかえって説得力を増している、わざわざもったいぶってそんなことを言う人なわけがないという安心感ですね。
なんというかリズム感や流れを重視していて、意外と歌詞が重要だとして作られていないような感じもします。なにを言っているのか最初に聴いたときにあまりわからなくて、歌詞を見て「こんなこと言っていたのか」と驚く感じもある。
その融合性が奇跡的なバランスなんじゃないかと、安易な着陸をすると、それが天才の所業なのではと思います。
この悟りきったスタンス、ジャンルとしては、「人生ってそんなもんですよ」という説法なのではないか。しかし説教くさいところはまったくなく、語り口は自信なさげですらある。