日本を代表する歌い手、ちあきなおみ。69~92年の活動期間でさまざまな音楽性の曲を歌ってきた彼女だが、70年代後半、ニューミュージックにアプローチしたのが『ルージュ』『あまぐも』の2作だ。これら名盤のCDは長期間手に入れられない状態になっていが、待望の再生産がなされタワーレコードで販売中、好評を博している。そんな両作の魅力について和田信一郎(s.h.i.)が綴った。 *Mikiki編集部


 

世界最高の歌手のひとり

まず最初に申し上げたいのは、ちあきなおみは世界最高の歌手のひとりということである。楽曲解釈の深さやそれを映し出す音色表現はビリー・ホリデイやニーナ・シモンにも匹敵し、強靭なパワー感はジャニス・ジョプリンやアレサ・フランクリンに勝るとも劣らない。精密なリズム処理と日本の歌謡曲ならではの崩しを兼ね備えた節回し、そして発声技術の練達も素晴らしく、一聴してその人とわかるオリジナリティに満ちている。美空ひばりにも並び称される大歌手であり、時代を超えて聴き手の心を捉える力を湛えた音楽家なのである。

 

紅白での鬼気迫る歌

ちあきなおみの逸話として最も知られたもののひとつが、77年の「第28回NHK紅白歌合戦」で“夜へ急ぐ人”(作詞作曲:友川かずき)を歌ったことだろう。黒ずくめの装いで「おいでおいで」と手招きするパフォーマンスは、鬼気迫る歌唱表現とあわせて年末の和やかな雰囲気を一変させた。それを受けて司会のNHKアナウンサーがもらした「なんとも気持ちの悪い歌ですねえ」というコメント(台本にはなかったという)は、失礼なようだが実に的を射たものだ。

翌78年1月にリリースされた『あまぐも』は、この“夜へ急ぐ人”を最後に据えたアルバムであり、ちあきなおみの豊かな表現力を理想的なかたちで網羅した傑作である。本作は2000年に紙ジャケット仕様で再発されたものの、生産中止となり長く入手困難になっていたのだが、前作『ルージュ』(77年7月発表)とともにタワーレコードで再発され(2023年6月)、いつでも購入できる状態になっている。いずれもサブスクリプションサービスで聴くことはできないので、この機会にぜひ手に取ってみてほしい。

ちあきなおみ 『あまぐも』 コロムビア(1978)

 

友川かずき、ゴダイゴ関係者が驚異的な歌を引き出した傑作

『あまぐも』は、前半6曲の作詞作曲を河島英五、後半5曲の作詞作曲を友川かずきが担当し、そのうち半数の編曲をゴダイゴのミッキー吉野、残り半数の編曲を岸本博(ゴダイゴ・ホーンズのリーダー格)が担当している。演奏はタケカワユキヒデを除くゴダイゴの全メンバー。

70年代の英国ロックやラテン寄りソウルミュージックのようなコード感が、歌謡曲ならではのメロディと深く融かし合わされ、ジャズロック〜フュージョン的なアンサンブルに落とし込まれた音楽性は、日本のポピュラー音楽史全体を見渡しても屈指の逸品だろう。陰と艶を兼ね備える本作の音楽性は、ちあきなおみの持ち味を十全に引き出すもので、ロック的な馬力を備えつつ柔軟な対応力をもたらすバンドの貢献もあってか、驚異的な歌唱表現力を遺憾なく羽ばたかせることができている。

冒頭の“あまぐも”は上記の音楽性の見事な総括になっているし、“涙のしみあと”のような抑制されたアンサンブルでも、演奏のダイナミクスやそこから滲み出る激情には隅々まで焦点が合っている。ロマンティシズムに満ちた(マスキュリンな厚みも出てしまいやすい)“夕焼け”を温かくいなす力加減は見事と言うほかないし、“夜へ急ぐ人”や“普通じゃない”のような外連味あふれる曲調でも、正気と狂気の境目が溶けて(おそらく歌手本人にも)判然としなくなるさまの表現が凄すぎる。

そして、何より見事なのが、これほど表情豊かな楽曲が並んでいるにもかかわらず、通して聴くとアルバム全体としての統一感のほうが印象に残ること。これはちあきなおみの表現力の賜物でもあるし、編曲や演奏を担ったゴダイゴ関連メンバーによるところも大きいだろう。ジャンルを超えて聴かれるべき不世出の傑作だ。