©Masaco Kondo

一人の作曲家と一人の演奏家を聴き続けて思うこと

 井上郷子の近藤譲作品集が、と編集部から連絡があった。手元には、ほかにも井上郷子が演奏に参加しているアルバムがあって、それならばあわせて、と。

 近藤譲の書籍とCD「線の音楽」が再発され、intoxicateというこの媒体で作曲家のインタヴューをおこなったのが(調べてみると)2014年で、10年前。そのとき、本が35年でレコードが40年というはなしだったから、それぞれ45年、50年となる。半世紀、聴きつづけてきたのか……。

井上郷子 『近藤譲ピアノ作品集 2015-2020』 Hat Hut(2024)

 井上郷子は1980年代から近藤譲作品を演奏している。2001年にHat Artからリリースされた近藤譲作品集では8曲を収録。今回リリースされた、『近藤譲ピアノ作品集 2015-2020』、2019年リリースの『近藤譲ピアノ近作選集』ともに8曲を収録だから、このレーベルからの井上郷子演奏による作品集はどれもおなじだけ曲の数が、となる。すこしこまかくいうと、前者『ピアノ近作選集』は2001-2012年にかけての作品が中心で、あいだに“視覚リズム法”(1975年)と、改訂された“影は形にしたがう”(1975年/2012年)がはいる。後者『ピアノ作品集』は冒頭に2013年の短い作品がおかれ、タイトルどおりの5年間の作品を収録。最後の“ヘレボルス”は4手で、こちらは作曲者じしんが井上郷子と一緒に弾いている。珍しい。

 打鍵・発される音がある。同時であっても、のこる音・のこされる音があり、のびる音がある。ほかの音に反響してのこる音があり、アクションのくき・っという音があり、静まり消えてゆく音がある。高い音があり、低い音がある。同時にひびく音があり、ずれる音がある。リズムとしてきこえるつらなりがあり、メロディらしきもの――〈線〉?――がきこえてくることがある。そのあいだに、ピアノという楽器のなかでひびく倍音があり、複数のペダルの変化がある。おもてにでる、でてくる音があり、影となる、薄い影をひきずる音がある。

 ひとつの楽曲を聴きながら(も)、わたしの聴きとりはそのときどきで変わりつづける。断続的に近藤譲作品を聴いてきたけれど――と記すと、近藤譲作品だけが特別にみえてしまうけれどそうではなく、たぶん、わたしの音・音楽の聴きかたがすこしずつ変化してきたのだろう、近藤譲という作曲家の〈作品〉を聴いている、鑑賞しているというより、そこでひびいている音・音たちのありようを、そのときどきでたどっている、いるんじゃないか。そんな気がする。

 近藤譲は、はやくから、コンサートとはべつの、録音メディアの受容・聴取に意識的だった。いま、かつてとは異なった録音・再生技術のなかで、ピアノの音・音楽を聴くのも、また、つながっているかもしれないながらも、すこしは違ったおこないなのかもしれない。そんなときに、新しい演奏・録音で“クリック・クラック”を聴いてみたいが。

 近藤譲作品集2枚のあと、『Meletan 伊藤祐二作品集 I』を、『渋谷由香/Found Moment』を、聴く。ほかの楽器や声が加わるものがあったり、独奏だったりするが、作曲家それぞれの、あるいは、作品の〈スタイル〉の、というよりは、各アルバムのピアノのたたずまいが、音・音楽のひびきかたの異なりが大きく違っていることに驚く。

 音を、つくる。音楽を、つくる。発音する。ひとりで・ひとと、演奏する。録音する。聴く。こうしたおこないのなか、あらためて、作曲家や演奏家のことを、ここではとくに井上郷子をおいて、ぼんやりと、おもう。

 ちょうど原稿を準備しているとき、近藤譲サントリー音楽賞受賞の報がはいった。近藤さん、おめでとうございます!

 


井上郷子(Satoko Inoue)
〈ムジカ・プラクティカ・アンサンブル〉のメンバーを経てソロ活動。〈Satoko Plays Japan〉をはじめとする多くのリサイタルを行ない、特に、近藤譲ピアノ作品・全曲演奏やモートン・フェルドマン作品の演奏等で高い評価を得る。Contempuls(チェコ)、ブエノスアイレス現代音楽週間(アルゼンチン)などの国際現代音楽祭から度々招かれ、各地でソロリサイタルを行なうとともに、リール大学、カリフォルニア芸術大学などのマスタークラスで講師を務める。2018年~22年、ピアノ拡張奏法に関するプロジェクト〈未来に受け継ぐピアノ音楽の実験〉に携わる。ソロCDアルバムはこれまでに13タイトルが出版、Hat Hut Records(スイス)では、近藤譲の2020年までのすべてのピアノ作品を3枚のCDにレコーディングしている。第10回佐治敬三賞受賞。2023年3月まで国立音楽大学教授を務めた。 https://www.n-b-music.com

 


LIVE INFORMATION
第26回 東京大学教養学部 室内楽演奏会
井上郷子 プリペアード・ピアノのからくり

2024年5月17日(金)東京大学教養学部 コミュニケーション・プラザ北館|音楽実習室
開場/開演:18:30/19:00
入場無料(先着88名)

■曲目
近藤譲(1947-):“間奏曲”(2017)
ジョン・ケージ(1912-1992):“ソナタとインターリュード”(1946-1948)
リンダ・カトリン・スミス(1957-):“ここからの眺め”(1992)
https://www.n-b-music.com/