
新たな2枚組ベスト『ベスト・コレクション ~ラブ・ソングス&ポップ・ソングス~』がリリースされたばかりの中森明菜。2010年より体調不良のため無期限の音楽活動休止を発表していたが、デビュー40周年のタイミングで公式サイトとSNSを開設。2023年には久々にその歌声を披露し、多くのファンが歓喜したのも記憶に新しい。
そんな中森明菜が、2024年5月1日にデビュー42周年を迎えた。これを記念して、彼女の公式YouTubeチャンネルにてセルフカバー企画が始動。公開された5本の動画はすべて200万回以上再生され、現在もその数字を伸ばしている状況だ。
Mikikiでは、大きな話題となっているセルフカバー動画についてライターの桑原シローに解説してもらった。新たなアレンジによって生まれ変わった名曲が、令和の2024年にどう聴こえているのか。変わりゆく時代を駆け抜ける中森明菜の変わらぬ魅力に迫った。 *Mikiki編集部
映像面にも注目なセルフカバー動画
中森明菜、ついに復活の狼煙が上がる。あまり必要以上に騒ぎ立てたくはないが、こんな素敵な挨拶状を見せられてしまった日には、ついつい声のトーンの調整も狂いがちになってしまうというもの。昨年末に開設された公式YouTubeチャンネルで公開されたデビュー42周年特別企画。2024年4月3日からデビュー記念日にあたる5月1日まで毎週水曜日、自身のヒット曲をセルフカバーする動画がアップされ、先ごろ計5本のラインナップがすべて出揃った。いまは各自がさまざまな視点から分析を試み、熱い意見交換を交わしている最中だと想像するが、本稿もまた各曲のリスニングポイントにフォーカスする作業をつうじて、その輪に加わりたいと思う。
今回発表されたバージョンはいずれもジャズアレンジが施されている。なぜジャズであるのか?という理由についてはいまのところ明らかにされていないようだが、バックを務めるプレイヤーたちの演奏にしっかりと耳を澄ませながら、彼らが紡ぎ出す柔軟なグルーヴとハーモニーに彼女がゆっくりと溶け込んでいく様子を見るにつけ、なるほど、彼女にとって必要なのは、対等でありつつも包み込まれるような安心感が得られる関係性なんだな、と合点した次第だ。
まず1週目に登場した“TATTOO-JAZZ-”が実に秀逸だった。ジャズで料理する、というテーマを実践するうえで最も適した1曲であり、エレクトロなジャングルビートをフィーチャーして80s仕様にアップデートしたビッグバンドジャズを鳴らす、というコンセプトを持つ原曲から違和感なく移行できている。ゆったりした8ビートに身を委ねるようにして気だるい雰囲気を振りまくボーカルのレイドバック具合もイカしている。
ビジュアル面でいうと、サックスソロに合わせて陽気に身体をくねらせる明菜の振る舞いが見どころとなっているが、こちらが注目したのは、マイクの前で一瞬、オリジナルの振り付けを連想させるように倍速でリズムを刻む彼女の姿だった。何やら、テンポをどう変えようともこの曲の肝はこのクネクネ感にあるの、ってことを暗に伝えようとしているようにも見え、妙に響いたのである。
早い4ビートでプレイされた2週目の“BLONDE-JAZZ-”、スロウなボサノバ調に料理された3週目の“ジプシー・クイーン-JAZZ-”の2曲は、企画の妙味を味わうのにうってつけだ。原曲はどちらもほんのりと香るエスニックテイストが特徴となっていたが、これらのバージョンにおいても彼女特有のエキゾティックな風合いが醸し出されていて、新たな感慨をもたらしてくれる。
歌声に宿る儚さと煌めきを引き出すアレンジ
4週目に登場した“北ウイング-JAZZ-”は、林哲司のデビュー50周年を記念したトリビュートアルバム『50th Anniversary Special A Tribute of Hayashi Tetsuji – Saudade –』に収められ、話題を呼んだ“北ウイング-CLASSIC-”の姉妹版といっていい。隠ぺい感がまったくないヌードな歌声とこうして出会えた喜びを噛みしめながら聴きたい素晴らしいバージョンとなっている。
そして5週目のトリを飾ったのが、記念すべきデビューシングルをアップデートした“スローモーション-JAZZ-”。グッとテンポを落とし、爽快さと切なさを兼ね備えたメロディーの味わいをより際立たせるアレンジが、明菜の歌声に宿る儚さと煌めきを十二分に引き出しているのだが、42年の時の流れを慈しむ様子がひしひしと伝わってくるようで、こちらも強烈なノスタルジアをおぼえずにいられなくなる。
いずれにせよ今回の企画は、彼女の今後のビジョンを探るうえで有意義なプロジェクトになったと感じるし、何よりも、これからもっと歌っていきたいという積極的な想いをわれわれに届けてくれたという意味で大変ありがたいシリーズだったと思う。いまはただこれらの音源がひとつの作品としてフィジカル化されることを切に願う。
無邪気で愛くるしい笑顔とふたたび対面できるまで、きっとあともう少しの辛抱だ。