[緊急ワイド]1984年の音楽アルバム
豊作じゃない年なんてないけれど、それでもやはり物事に始まりや節目があるのだとしたら、それはきっとこの年だったね!と思えるような84年の音楽を紹介していきましょう。そして、40周年を生き延びて私たちにいま発見されてくれる作品に改めてコングラチュレーションを!

 40年前なんて生まれてなかったからわかんないんですよ~(嘘)と思いながらも、もしさまざまな環境の変化によって世に出た年も何もかもがフラットになるのだとしたら、84年の音楽も2024年の音楽も、いま出会ったあなたにとっては現在の音楽になります。今回はボスの名盤40年に合わせて、記念リイシューがあったものなどを優先しつつ、その後の時代の波に埋もれることなく折々の現在に選ばれ続けてきた作品を順不同でざっくり紹介してみましょう!


 

あの人もこの人もデビュー40周年

 物事の数え方はいろいろなので、一口に40周年といっても結成/デビュー/メジャー・デビュー/ソロ・デビューなど区切りはいろいろあります。純粋に84年に結成とされているのはDEAD END、ハロウィン、ファイン・ヤング・カニバルズ、ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロック、オフスプリング、SA、怒髪天、ニューロティカ、DER ZIBET、ZIGGY、オルケスタ・デ・ラ・ルス、ピチカート・ファイヴ、ザ・ファントムギフト、サウンドガーデン、マントロニクス、セパルトゥラ、ジーザス&メリー・チェイン……と錚々たる面々。

 他にもデビュー年でいうと、バングルズやREBECCA、爆風スランプ、菊池桃子といった方々が最近も周年記念タイトルを届けてくれています。そこで推薦したいのが、ジョージ・マイケルのソロ・デビュー40周年。ん?と思う人もいそうですが、ワム!の『Make It Big』に収録されてシングル化もされた大名曲“Careless Whisper”はジョージのソロ名義なのです。ちょっと反則か……とも思いつつ、2008年のMSG公演でのパフォーマンスも含む形で40周年記念シングルが登場するので、そちらもぜひチェックを!

10月18日にリイシューされるジョージ・マイケルの84年のシングル“Careless Whisper”(Epic/Sony CG)

 

PRINCE & THE REVOLUTION 『Purple Rain』 Warner Bros.(1984)

彼の最高傑作が本作なのかどうかは人によるとしても、このミネアポリスの奇才が時代にもっとも愛された瞬間の記録がここに刻まれていることに異論はないだろう。自身の主演映画のサントラも兼ねた世界的ヒット作であり、“When Doves Cry”と“Let’s Go Crazy”の2曲が全米No.1を記録。商業的には本作がピークだったものの、続けざまに同じことをやらなかったからこそ彼の存在感が永遠に特別なものになったのは言うまでもない。ザ・タイムやアポロニア6、シーラEといったファミリー作品も送り出した84年は間違いなくプリンスの年だった。

 

WHAM! 『Make It Big』 Epic(1984)

80年代前半を駆け抜けたジョージ・マイケル&アンドリュー・リッジリーの、短い活動期間における最上級のピーク。デビュー作『Fantastic』のバッド・ボーイ感を快活に拭い去って大成功を収めたこの2作目は、彼らのソウル趣味をより爽やかなフォルムで整え、“Wake Me Up Before You Go-Go”や日本でもCMソングで使われた“Freedom”、さらに“Everything She Wants”と、どこを切っても屈託のないキャッチーな果汁が瑞々しく溢れてくる。哀愁に満ちたジョージのソロ曲“Careless Whisper”もこの後のさらなる飛躍を予感させるものだった。

 

BRUCE SPRINGSTEEN 『Born In The U.S.A.』 Columbia/ソニー(1984)

当時のアメリカのイケイケ感とその底辺で渦巻く怒りを綴りつつ、世界的な支持を集めたモンスター・ヒット作品。ベトナム帰還兵の苦悩を通じて祖国への愛憎を歌った表題曲は、テーマに反して歌詞が誤解され……というエピソードもセットになるほどの著名なスタジアム・ナンバーだ。ただ、アイコニックなジャケも含め、この時期の彼に誤解したくなるほどのヒロイックな勢いがあったのは確かだろう。シンセ・ポップの先行ヒット“Dancing In The Dark”や“Cover Me”など、ボブ・クリアマウンテンのミックスによる豪快な鳴りそのものが80年代サウンドだ。

 

MADONNA 『Like A Virgin』 Sire(1984)

ディスコ~クラブ志向のデビュー作から、センセーショナルな世界のマドンナをみずから創造したセカンド・アルバム。前年にデヴィッド・ボウイ『Let’s Dance』で当てたナイル・ロジャースをすぐ起用して越境型のポップ・スタイルへと移行し、トム・ケリー&ビリー・スタインバーグ作の刺激的な表題曲、モンローのイメージ借用も話題になったピーター・ブラウン作の“Material Girl”という連続ヒットを輩出、アルバムは本国だけで1000万枚超えのセールスを記録した。レディ・ガガを例に挙げるまでもなく、以降の女性ポップスター像の雛形がここにある。

 

VAN HALEN 『1984』 Warner Bros.(1984)

タイトルがまさに。テクニカルな奏法で愛されたギター・ヒーローのエディ・ヴァン・ヘイレンと、野性味に溢れた魅力的なヴォーカリストのデヴィッド・リー・ロスを擁したUS西海岸ハード・ロックの雄。すでに別格のバンドだった彼らがより野心的に創作を進めた6枚目のアルバムで、『Thriller』時代の全米チャートでは2位に甘んじたものの、最終的に1000万枚以上のセールスを叩き出している。エディが本格的にシンセを導入した“Jump”が5週連続で全米1位をキープし、“Panama”や“I’ll Wait”も続いてクロスオーヴァーな成功を収めた。

 

U2 『The Unforgettable Fire』 Island(1984)

アイルランドから世界的な成功を収め、独特のサウンドスケープと社会派としてのスタンスから現在のシーンにも絶大な影響力を誇るバンドの4枚目のアルバム。前作『War』(83年)の成功から先に進むべく以降も重要なブレーンとなるブライアン・イーノとダニエル・ラノワをプロデューサーに起用し、アンビエントなアプローチを取り込んで激変したアート・ロック的なサウンドの方向性は高い評価を獲得した。なかでもマーティン・ルーサー・キングに捧げた“Pride (In The Name Of Love)”はバンドの代表曲となっている。

 

VARIOUS ARTISTS 『Footloose』 Columbia(1984)

MTVの普及もあって映画音楽の在り方も大きく変わったのがこの時代。前年の「フラッシュダンス」に続いたこのサントラは、多彩な旬の面々が歌唱することで、映画とポップソングが相乗効果で話題になっていく風潮を決定づけた。ケニー・ロギンスによる表題曲とデニース・ウィリアムスの“Let’s Hear It For The Boy”は全米1位に輝き、マイク・レノ&アン・ウィルソンのバラード“Almost Paradise”など映画を離れても著名な楽曲が目立つ。ボニー・タイラー“Holding Out For A Hero”は日本でラグビー曲の定番として独自進化を遂げていった。

 

SADE 『Diamond Life』 Epic(1984)

リード・シンガーのシャーデー・アデュを中心に、独特のミステリアスな佇まいや包容力のある歌唱の魅力も相まって、登場からシーンにクールな衝撃を与えたシャーデー。このファースト・アルバムからジャズやソウル、ソフスティ・ポップなどの要素が豊かに混じり合う音世界を聴かせている。シングル・ヒットした代表曲“Smooth Operator”を筆頭にその世界観は唯一無二で、直球のフォロワーがいないのも頷けるところだ。全英2位/全米5位のヒットを記録し、グラミーでは最優秀新人賞まで受賞するに至った。最新リマスターでLPリイシューされたばかり。

 

RUN DMC 『Run-D.M.C』 Profile(1984)

MCのランとDMC、さらにDJのジャム・マスター・ジェイが集まって83年に結成されたラップ・グループの初作。リック・ルービンとの関連で語られがちだが、本作と次の『King Of Rock』は後見人のラッセル・シモンズがラリー・スミスと組んで制作されたもの。代表曲となる“It’s Like That”や“Sucker M.C.’s (Krush-Groove 1)”がこの時点でわかりやすさとストリート性の両立に成功しており、さらにラリーのディストーション・ギターを大胆にフィーチャーした“Rock Box”は、ヒップホップの分野におけるロック・サウンド導入の効果を示した。

 

佐野元春 『VISITORS』 エピック(1984)

日本のロック・シーンを形成するなかで重要な役割を果たした彼が、音楽的にも大きな転機とした傑作の誉れ高い4作目。そこまで3枚のアルバムで成功を収めつつあった時期に活動休止してNYへ渡り、〈訪問者〉として生活を送るなかでの刺激を反映したアルバムで、そこで触れたヒップホップを日本のアーティストではかなり早い段階で導入した一例となる。シュガーヒル的なノリを取り入れた“COMPLICATION SHAKEDOWN”もいいが、もともとの作法にもマッチしたポエトリー的な“NEW AGE”の昂揚感はいま聴いても実に新鮮だ。

 

THE SMITHS 『The Smiths』 Rough Trade/Warner UK(1984)

マンチェスターで労働者階級の若者たちが結成し、およそ5年ほどの活動期間を通じて濃厚な名作たちと大きな余波を残していった4人組バンド。こちらはファースト・アルバムで、“This Charming Man”や“Hand In Glove”“What Difference Does It Make?”など、すでに完成されたモリッシーの唱法とジョニー・マーの軽やかなギターの個性は確立されている。近年もシカゴからフォロワーのブリジット・コールズ・ミー・ベイビーが登場するなど影響力はいまも絶大だが、〈スミス的〉としか呼べないほどの独自の雰囲気が現代でも有効なのが凄い。

 

THE STYLE COUNCIL 『Café Bleu』 Polydor(1984)

2024年も現役バリバリのポール・ウェラーだが、そのチェンジング・マンたる由縁はジャム解散後にキーボーディストのミック・タルボットと結成したこのユニットから明確に立ち現れてきたものだ。こちらのファースト・フル・アルバムでは本来のモッドな感覚を活かしてソウルやジャズなどの多彩な音楽要素を取り入れ、カッコつけることのカッコ良さをスタイリッシュな音と佇まいでも表現している。洒脱なグルーヴが流れる“My Ever Changing Moods”やメロウな“You’re The Best Thing”を筆頭に、いま聴いてもスタイリッシュに響くはず。

 

TINA TURNER 『Private Dancer』 Capitol(1984)

60年代から夫婦デュオのアイク&ティナ・ターナーで一世を風靡するも、夫の支配から逃れて表舞台から消えていたシンガーが、5年のブランクを経て音楽史上最大のカムバックとされる大復活を演出した特大ヒット・アルバム。本国USではなく英国の若手制作陣が80年代ならではのクリアな音作りで主役のパワフルな不屈の歌心を支える。テリー・ブリテンの手掛けた代表曲“What’s Love Got To Do With It”をはじめ、オリジナルもデヴィッド・ボウイ“1984”などのカヴァーも隔てなく披露。全世界で1200万枚以上のセールスを記録した。

 

FRANKIE GOES TO HOLLYWOOD 『Welcome To The Pleasuredome』 ZTT(1984)

英リヴァプール発のニューウェイヴ・バンドが全英No.1を記録した初作。トレヴァー・ホーンがサンプリングやリン・ドラムなどを駆使した先進的なサウンドを仕掛け、日本でも著名な“Relax”から“Two Tribes”“The Power Of Love”まで3曲連続で全英1位を獲得した。“Born To Run”のカヴァーも収録。活動時は賛否両論だったがペット・ショップ・ボーイズやイレイジャーら後進が活躍できる素地を作った功績は大きい。なお、昨年の〈ユーロビジョン・ソング・コンテスト〉開幕式で36年ぶりにメンバーが揃って曲披露したのも話題になった。

 

竹内まりや 『VARIETY』 MOON/ワーナー(1984)

81年末に音楽活動を休止した彼女が復帰するにあたってシンガー・ソングライターとしての方向性を確立したアルバムで、初めて本人が全曲の作詞・作曲を担当。編曲・プロデュースを山下達郎が手掛けるという体制での最初の作品となった。当時の目線でいえば“もう一度”“本気でオンリーユー(Let’s Get Married)”や“マージービートで唄わせて”などの人気曲を収録したオリコン首位獲得のカムバック・ヒット作品ということになろうが、現在の流れで言えばもちろん“PLASTIC LOVE”を収めた作品ということになる。そうでなくても隅々まで佳曲揃いだ。

 

VARIOUS ARTISTS 『Ghostbusters』 Arista(1984)

MTVの普及もあって映画音楽の在り方も大きく変わったのがこの時代……別掲の「フットルース」と並んで主題歌やサントラもヒットしたこちらは、以降もシリーズ続編やリブートなどが制作された「ゴーストバスターズ」。ジェントルなお洒落アーティストだったレイ・パーカーJr.がいきなりコミカルに振り切れて披露した“Ghostbusters”は世界中で親しまれる大ヒットとなった。他にもトンプソン・ツインズの“In The Name Of Love”、ダイアン・ウォーレンのペンによるローラ・ブラニガンの“Hot Night”など豪華な曲に彩られた80年代の名場面を楽しみたい。

 

QUEEN 『The Works』 EMI/Virgin EMI(1984)

輝ける70年代を駆け抜けた4人がディスコ・サウンドへの傾倒期を終えて完成した、クイーンの80年代を代表するアルバムともいえるポップな名曲集。顔面が繋がって一体感を獲得するのはまだ先で、この時期はまだ個々に曲を作って持ち寄っている状態ながら、ジョン・ディーコン作のドラマティックな“I Want To Break Free”、フレディ・マーキュリー作の哀愁スロウ“It’s A Hard Life”ブライアン・メイ作のハード・ロック“Hammer To Fall”と、各々が完成度が高い。ロジャー・テイラー作の名曲“Radio Ga Ga”はレディ・ガガの名前の由来なのも有名か。

 

安全地帯 『安全地帯II』 キティ(1984)

玉置浩二ら友人同士によって北海道は旭川にて結成され、現在も活動している実力派バンド。井上陽水が作詞した前年リリースの先行シングル“ワインレッドの心”がジワジワ人気を集めて最終的にはチャート首位を獲得するブレイクになり、こちらはそのヒットを受けて登場したセカンド・アルバム。夜の街っぽい歌謡曲テイストと本来のバンド・サウンドが巧みに共存し、集中力のある歌唱も流石だ。こちらも陽水が作詞した“真夜中すぎの恋”、その後も玉置の曲に詞を書くことが多い盟友・松井五郎が初参加した“マスカレード”といったシングル群も収録。

 

TALKING HEADS 『Stop Making Sense (Deluxe Edition)』 Sire(2023)

デヴィッド・バーンのライヴ映画「アメリカン・ユートピア」(2020年)の源流にもなった、バーン率いるバンドのジョナサン・デミ監督によるライヴ映画「ストップ・メイキング・センス」のサントラ……ということでつまりは彼ら屈指のライヴ・アルバムということになる。もともとのライヴは83年12月にハリウッド・パンテージ・シアターで行われたもので、アーティスティックにショウアップされたステージングは見えないものの音楽の備えた気や熱を確かに伝えるような興奮必至の仕上がりだ。今年に入って40周年記念デラックス盤やトリビュート盤も登場している。

 

NEW EDITION 『New Edition』 MCA(1984)

80年代版ジャクソン5を狙ったボストン発の少年グループが、後見人だったモーリス・スターの元を離れてメジャー・デビューを飾った一作。リード・シンガーのラルフ・トレスヴァントが無邪気に歌い上げる“Cool It Now”をはじめ、ボビー・ブラウンがリード取ったレイ・パーカーJr.制作の“Mr. Telephone Man”、甘く儚い“Lost In Love”などオーセンティックなバブルガム・ソウル感と当時のブラコン風味を併せ持った佳曲が並ぶ。なお、彼らに去られたモーリスは同年に白人版ニュー・エディションとしてニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックを結成させた。

 

MANUEL GÖTTSCHING 『E2-E4』 Inteam(1984)

アシュ・ラ・テンペルの創設者として70年代から活躍してきたベルリンの電子音楽家。ミニマルな1曲で構成されたこのソロ作は当時は酷評されるも、〈パラダイス・ガラージ〉などアンダーグラウンドで支持され、90年代以降はテクノの始祖として確たる評価を得ている名作です。

 

METALLICA 『Ride The Lightning』 Megaforce(1984)

作風を変容しながら数々の名盤を残し、いまなお王座に君臨しているメタル・シーンの大御所ですが、メジャー・デビュー前のスラッシュ・メタル期でいうと最高傑作に押す人も多いのがこちらのセカンド・アルバム。冒頭曲“Fight Fire With Fire”のアグレッシヴな場面転換からもうスリリング!

 

チェッカーズ 『もっと!チェッカーズ』 ポニーキャニオン(1984)

ロカビリーやドゥワップを好んだ久留米の青年たちが東京でアイドル・バンドとして大化けしたのがチェッカーズ。デビュー2年目のブレイクを飾ったこの年2枚目のアルバムは、“哀しくてジェラシー”“星屑のステージ”を軸にした内容で、“ティーンネイジ・ドリーマー”など名曲揃いです。

 

BRYAN ADAMS 『Reckless』 A&M(1984)

ガッツ溢れるカナダのシンガー・ソングライターがボブ・クリアマウンテンとの共同制作で作り上げた最大のヒット・アルバム。“Heaven”“Summer Of ’69”といった人気チューンを盛り込み、エモーショナルで骨太なロックを聴かせる。同時期のスプリングスティーンと聴き比べるのもアリ。

 

CHAKA KHAN 『I Feel For You』 Warner Bros.(1984)

ルーファスの活動と並行してソロで躍進してきた彼女が、バンド解散を経て出した改めての勝負作。プリンスをカヴァーした表題曲はメリー・メルがラップする作りも話題になってヒットしたほか、カニエのネタ使用で著名なデヴィッド・フォスター製の名バラード“Through The Fire”も素晴らしい。

 

BON JOVI 『Bon Jovi』 Mercury(1984)

ジョン・ボン・ジョヴィがバンド勃興期に作り上げたファースト・アルバム。本作リリース後の来日パフォーマンスが、“Runaway”の日本語カヴァーや最近の〈盆ジョヴィ〉にまで繋がる日本との絆を作ることになった。先日の新作に続いて40周年ベスト盤も11月にリリースされます!

 

DON HENLEY 『Building The Perfect Beast』 Geffen(1984)

イーグルス解散後のドン・ヘンリーが〈らしさ〉全開のまま80s式のバンド・サウンドに乗ってみせたソロ活動においての代表作。名曲“The Boys Of Summer”や“Not Enough Love In The World”などイノセンスや時の流れを感じさせるナンバーが瑞々しい。40周年記念盤ヴァイナルも登場済み。

 

大滝詠一 『EACH TIME』 ナイアガラ/ソニー(1984)

かの『A LONG VACATION』に続く格好で松本隆とガッチリ組んでリリースされた名作で、結果的にオリジナル・アルバムとしては最後の作品になった一枚。折に触れてリイシューされてきていて、40周年タイミングだった今年ももちろんアニヴァーサリー盤がリリースされている。

 

CHICAGO 『Chicago 17』 Full Moon/Warner Bros.(1984)

バンド史上最高のセールスを記録した、デヴィッド・フォスター制作によるアダルト・コンテンポラリー期のヒット・アルバム。硬派なロック・ファンには忌み嫌われていそうだが、バンド作品だと思わずに聴いたとしたら、こんなに情熱的でグッとくる大バラード祭りもそうそうない!

 

SHEENA EASTON 『A Private Heaven』 EMI(1984)

一時はマドンナに比肩しそうなムードもあったスコティッシュのポップ・シンガー。この5作目はプリンス提供の“Sugar Walls”などニューウェイヴ・ファンク色を帯びたダンス曲を中心にキレを見せる。ヒットした“Strut”は当時の日本で本人出演のCMソングとして贅沢に披露されていた。

 

BRONSKI BEAT 『The Age Of Consent』 London(1984)

ジミー・ソマーヴィルらメンバー全員が当初から同性愛を公言していたシンセ・ポップ・ユニットのデビュー作で、ここからのシングル“Smalltown Boy”はクィアの共感を呼ぶ名曲として現代まで親しまれている。この時代ならではのサウンド的な刺激は40周年記念盤でも確認されたし。

 

中森明菜 『ANNIVERSARY』 ワーナー(1984)

最近は少しずつ動きもあって頼もしい限りです。こちらはデビュー3周年を記念して当時デビュー日にLPがリリースされた通算5枚目のアルバム。康珍化 × 林哲司によるドラマティックなヒット“北ウイング”をはじめ、来生えつこ&たかお、尾崎亜美、玉置浩二らも参加した磐石の仕上がり!

 

THE POGUES 『Red Roses For Me』 Stiff(1984)

シェイン・マガウアンを中心にロンドンで結成されたアイリッシュ~ケルティック・パンク・バンドのファースト・アルバム。トラディショナルな楽器隊を伴ったフォーク・パンクのスタイルは当時は珍しかったそうだが、いま聴いても実に鮮烈だ。こちらも40周年記念盤がリリースされる。

 

VARIOUS ARTISTS 『Breakin’』 Polydor(1984)

英国では「Breakdance」として上映された映画のサントラで、オリー&ジェリーのヒット“Breakin’... There’s No Stopping Us”など、サントラは必ずしもヒップホップへの解像度が高くない……という時代ならではのおもしろさもある。アイスTがラップするグローヴの“Reckless”が出色!

 

CHANGE 『Change Of Heart』 RFC/Atlantic(1984)

伊米のディスコ・アンサンブルとして中身をいろいろ変えながら継続してきたプロジェクトの5枚目のアルバム。ここでは当時タブーで好調の波に乗りつつあったジャム&ルイスが制作していて、ミネアポリス作法のポスト・ディスコ・サウンドを聴かせる。こちらも40周年記念盤がリリース済み。

 

DAVID BOWIE 『Tonight』 EMI/RCA(1984)

前年の『Let’s Dance』が大成功して大人紳士ボウイが誕生。それに続く本作はヒュー・パジャムらと制作にあたり、冒頭の温かいスロウ“Loving The Alien”からやや抑制を利かせてビーチ・ボーイズやイギー・ポップのカヴァーがメインになる。とはいえ必殺の“Blue Jean”はやはり強力!

 

LIMAHL 『Don’t Suppose』 EMI(1984)

ニューロマ系のバンド、カジャグーグーのリード・シンガーとして脚光を浴びるも脱退してソロ転向したリマールのファースト・ソロ・アルバム。ジョルジオ・モロダーによる特大ヒット“The NeverEnding Story”をもちろん目玉にしつつ本人主導のポップ路線も良好。こちらも40周年記念盤が登場!

 

KOOL & THE GANG 『Emergency』 De-Lite(1984)

時代に即して変化し、現在も存続しているファンク・バンドの雄。80年代半ばまではリード・シンガーのジェイムズ“JT”テイラーの甘い歌声を活かしたAOR路線でも成功を収めており、本作からは感傷的なスロウの“Cherish”がヒットしている。マイケル的なアップの“Fresh”も小気味良い。

 

角松敏生 『AFTER 5 CLASH』 AIR/RVC(1984)

近年になってより真っ当に評価されるようになった角松は、この頃からすでに杏里らのプロデュースも含めて大活躍だった。この自身の4作目はそれまでの海や夏といったリゾート感覚ではなく、都会の夜をキーワードにして生活習慣もガラリと変貌。ジャケが彼の最新作にも通じていておもしろい。

 

BILLY OCEAN 『Suddenly』 Jive(1984)

大西洋を跨いでこの頃に活躍していたロンドン生まれのトリニダッド系シンガー。キース・ダイアモンドが制作にあたったこちらの5作目からはファンク・ポップの“Caribbean Queen (No More Love On The Run)”が全米1位に輝いた。40周年を記念してヴァイナル・リイシューされている。

 

EVERYTHING BUT THE GIRL 『Eden』 Blanco Y Negro(1984)

昨年のカムバックも記憶に新しいトレイシー・ソーンとベン・ワットのコンビ。その後のクラブ・サウンド路線に進む前のこちらのファースト・アルバムは、ジャズ色も好ましい爽快なアコースティック作品に仕上がっていた。シャーデーの初作と同じロビン・ミラーが手掛けているのも興味深い。

 

THE PRETENDERS 『Learning To Crawl』 Sire(1984)

クリッシー・ハインドが率いるバンドのサード・アルバム。メンバーの出入りに伴うバンドの崩壊と復興の過程で制作されたイレギュラーな作りながら、キャリア最高となる全米5位のヒットを記録して、バンドにとっても代表作のひとつとなった。こちらも40周年記念盤がリリースされている。

 

大沢誉志幸 『CONFUSION』 エピック(1984)

ソングライターとして中森明菜らに曲を提供していた彼が、NYのパワー・ステーションに乗り込んで制作したサード・アルバム。大村雅朗が全編のアレンジ、銀色夏生が作詞を手掛け、メランコリックな“そして僕は、途方に暮れる”が大ヒットとなった。演奏にはトニー・レヴィンらも参加!

 

RED HOT CHILI PEPPERS 『Red Hot Chili Peppers』 EMI(1984)

ギタリストのジャック・シャーマンが在籍した初期編成における唯一のアルバムとなるデビュー作で、ギャング・オブ・フォーのアンディ・ギルがプロデュースを手掛けている。次作でジョージ・クリントンと絡む彼らだが、本物と邂逅する前の憧れや猥雑な初期衝動が詰まっているとも言える。

 

THE CARS 『Heartbeat City』 Elektra(1984)

リック・オケイセックの率いるニューウェイヴ・バンドの最高傑作。ロバート“マット”ラングがプロデュースし、“Drive”や“You Might Think”などがヒットしまくった。あまり再評価されるタイプの人たちではないものの、シンセ・ポップがデフォルトな耳で〈昔の未来〉を聴いてみたら馴染むかも。

 

矢野顕子 『オーエス オーエス』 ミディ(1984)

現在に至るまで天衣無縫な才能を発揮しているシンガー・ソングライター。“ラーメンたべたい”で知られるこの7作目は共同プロデューサーとして坂本龍一が参加し、海外録音ではウィリー・ウィークスやカルロス・ベガが演奏に参加。前年に散開したYMOメンバーの揃い踏みもポイントか。

 

浜田省吾 『DOWN BY THE MAINSTREET』 CBS/ソニー(1984)

すでに日本のロック・シーンのトップ・ランナーと目されていた彼が独立して臨んだ気合のアルバム。拝金主義に皮肉を投げかける“MONEY”、ライヴの定番曲となった“HELLO ROCK & ROLL CITY”、シングル“DANCE”など日本版ハートランド・ロックの王道を進んでいた時期の好盤だ。

 

TALK TALK 『It’s My Life』 Parlophone(1984)

ニューウェイヴ時代のUKシーンで活躍したシンセ・ポップ・グループのセカンド・アルバムで、こちらも40周年記念盤がリリースされている。初期のニューロマンティック寄りなノリから、後年のポスト・ロックやオルタナティヴ勢にも影響を与えた音楽性の萌芽が楽しめる一枚だ。

 

EGYPTIAN LOVER 『On The Nile』 Egyptian Empire(1984)

アフリカ・バンバータの“Planet Rock”に触発されて西海岸でもエレクトロが乱発された時代、ドクター・ドレーやアラビアン・プリンスらと腕を競いながら(本家バンバータよりも)先にアルバムを出したのはこのエジプトの魔術師だった。アルバム単位のヒップホップが少なかった時代の産物だ。

 

HOWARD JONES 『Human’s Lib』 Elektra(1984)

近年の精力的な活動も頼もしいシンセ・ポップの貴公子による、全英No.1を獲得した記念すべきデビュー・アルバム。当時から日本でも人気があり、繊細にしてメロディアスな逸曲が揃っている。“New Song”や“What Is Love?”などはいま聴いてももちろんユニークに響いてくるはず。

 

JULIAN LENNON 『Valotte』 Charisma/Virgin/ユニバーサル(1984)

ジョン&ヨーコの『Milk And Honey』がリリースされた年、ジョンの息子であるジュリアンが発表したデビュー作。フィル・ラモーンがプロデュースにあたり、表題曲や“Too Late For Goodbyes”などの自作曲を瑞々しい歌唱で聴かせる。父親が違えばもっと評価されてよかったはずの佳作だ。

 

THE JACKSONS 『Victory』 Epic(1984)

ジャーメインが復帰して完全体となったジャクソンズの、6人編成で作り上げた唯一のアルバム。とはいえマイケルが社会現象化する渦中とあって足並みは揃っておらず、各々が曲を持ち寄って体裁を整えた〈ホワイト・アルバム〉的内容に。マーロンの“Body”など個々の愛らしさを楽しめる。