20年越しの思いを込めた藤野由佳によるフィンランド録音作『Seiras』

 アコーディオンと出会った20歳のころから北欧の伝統音楽を求め続けてきた藤野由佳は、フィンランドのアコーディオンの巨匠マリア・カラニエミのアルバムのピアニスト、ティモ・アラコティーラの演奏、と彼の楽曲に思いを寄せてきた。藤野は2022年、アメリカ人プロデューサーの紹介により日本でティモとはじめて出会った。そこからティモとの交流を深め、2023年フィンランド、ヘルシンキのスタジオで2人のデュオ・アルバム『Seiras』が生まれた。北欧の小国ながらフィンランドは世界一〈幸福な国〉と国連機関が発表した〈格差なき社会〉である。初めて訪れた藤野はこの〈森と湖の国〉でリハーサル以外はずっと森の中にいたという。湿気も寒暖差もなく過ごしやすいフィンランドでの録音は、それ自体が藤野のこれまでの音楽人生に送られたプレゼントのようだった。

TIMO ALAKOTILA, 藤野由佳 『Seiras』 Akero(2024)

 今回のアルバム『Seiras』は日本語の〈青嵐〉から生まれた造語で、日本とフィンランドを行き交う優しい青い風をイメージして作られた。収められた13曲は藤野の8曲とティモによる5曲。自身のいとこの結婚の祝いにティモが作った1曲目“Amare”、カンテレ奏者あらひろこの早すぎる逝去に捧げられた藤野による3曲目“白い花”と11曲目のティモによる“ひろこ”。さらに長く藤野とともにZABADAKで活動した吉良知彦の死を悼む5曲目“Land Of The Wind”と9曲目の“So Far”などフィンランドの地から静かにして柔らかい仲間たちの死への哀悼が表現される静謐な調べが続く。ある時は芯の太い響きを聞かせるアコーディオンと前へ向かって進むピアノとの重奏感が美しくも澄み渡ったヘルシンキのスタジオにこだまする。12曲目の“なのはな”(藤野作)はティモがヘルシンキのコンサートでもラストの曲に推した印象に残る1曲。さらに13曲目の“Hiljainen Kylatie”はフィンランドのタンゴ曲、日本語訳では〈静かな村の道〉である。20年来の遠い道を経てヘルシンキで実った幸福な作品となった。