Nono 1961 ©Cameraphoto_Venezia

多様な価値観が共存する世界を目指した作曲家
――ルイジ・ノーノ生誕100年を迎えて

 イタリアの作曲家ルイジ・ノーノといえば、とにかくその作品名がカッコいい。“力と光の波のように”“不寛容”“アウシュヴィッツの出来事を忘れるな”“冷たい怪物に気をつけろ”“進むべき道はない、だが進まねばならない−アンドレイ・タルコフスキー”。もしも昭和期の暴走族に入って特攻服を作ることになったら、こうした文言を刺繍で入れたいと思わせるほどである。

 こうしたタイトルが多いのは、この作曲家が表現したいもののイメージがきわめて明快だからだ。ノーノの創作は、社会的な問題意識が起点だった。ファシズムへの抵抗であり、より多元的な世界の実現のための音楽といっていい。

 だから、その音楽もおのずと厳しく、エッジの効いたものになる。音楽を聴くための惰性的で慣習的な耳さえ変革しなければとノーノは本気で考えていた。一人ひとりの内面が変わらなきゃ、世界なんて変わるわけないさと。そうした新しい試みは、戦後アバンギャルド音楽としての道を切り開く。

 シュトックハウゼンやブーレーズとともに前衛音楽の三羽烏と呼ばれることになったノーノだが、今年は生誕100周年のアニバーサリー。それを記念し、水戸芸術館で〈ルイジ・ノーノの肖像〉と題した演奏会が行われる。

 コンサートに先立ち、会場では“コントラプント・ディアレッティコ・アラ・メンテ(知的認識への弁証法論理による対位法)”(1967-68)を上演する。さまざまな声や環境音を素材とした電子音楽だ。そのなかには、マルコムX暗殺やベトナム戦争に抗議するテクストも。ノーノは、声がにぎやかに交わされるバンキエリのマドリガル・コメディのようにそれらを構成したのだ。

 本公演プログラムは、後期作品が中心。以前の社会に訴えかけるようなアグレッシヴな作風は抑えられ、音の性質そのものを追求しようという作風に転じた頃の代表作がずらりと並ぶ。

 テープとピアノによる“.....苦悩に満ちながらも晴朗な波...”(1976)は、故郷ヴェエツィアの鐘の音を思わせる響きのなかに、さまざまな苦悩が溶け込んでいくような音楽だ。テープに録音されているのは、友人のマウリツィオ・ポリーニの硬質で繊細なピアノ。その録音とピアニストによるデュオによる作品で、ポリーニは生涯にわたってレパートリーとして演奏した。今回ピアノを弾くのは北村朋幹。互いに硬質なリリシズムを煌めかせる〈2人〉の共演となる。

 “断章-静寂、ディオティマへ”(1979-80)では、さらにノーノの静謐さへの指向が深まった。多くの断片と静寂から構成される弦楽四重奏曲のための作品で、楽譜の静寂(休止)の部分には、ヘルダーリン作「ヒュペリオン」からの引用(ディオティーマ宛ての書簡)が書き込まれている。内面的なものが、断片と静寂、ときおり強奏される音によって表出する大作だ。現代曲のスペシャリスト、アルディッティ弦楽四重奏団による緊迫感あふれる演奏に期待したい。

 “ピエールに。青い沈黙、不穏”(1985)は、ピエール・ブーレーズの60歳の誕生日に捧げられた作品。〈ppppp〉から〈p〉までの弱音で奏されるコントラバス・フルートとコントラバス・クラリネットが、ライヴ・エレクトロニクスと共鳴。クジラやイルカの鳴き声が響き、倍音の海のなかを漂うようなまろやかな作品で、ノーノの新しい境地もうかかがえよう。木ノ脇道元(コントラバス・フルート)、西澤春代(コントラバス・クラリネット)、有馬純寿(エレクトロニクス)という巧者が揃ったアンサンブルが嬉しい限り。

 2台のヴァイオリンのための“夢みながら“歩かねばならない””(1989)は、作曲家が亡くなる前年に書かれた。〈決められた道を歩くのではなく、歩くことによってのみ道が現れる〉というモチーフによる作品の一つ。かくのごとく、ノーノは前衛精神を最後まで失うことはなかった。この曲も切り詰められた音による求道的な音楽といっていいだろう。今回は、被献呈者の一人であるアーヴィン・アルディッティと、アショット・サルキシャンによる二重奏。演奏家は、道を探すように演奏の合間に複数の譜面台のあいだを歩き回ることが要求される。

 


LIVE INFORMATION
ルイジ・ノーノの肖像 The Portrait of Luigi Nono

2024年8月31日(土)水戸芸術館コンサートホールATM
開場/プレ上演/開演:17:20/17:30/18:00

■出演
アルディッティ弦楽四重奏団/北村朋幹(ピアノ)/木ノ脇道元(フルート)/西澤春代(クラリネット)/有馬純寿(エレクトロニクス)/片山杜秀(ナビゲーター)

■プレ上演
コントラプント・ディアレッティコ・アラ・メンテ(知的認識への弁証法論理による対位法)(1967-68) 2チャンネル磁気テープのための

■本演奏会
.....苦悩に満ちながらも晴朗な波...(1976) ピアノと磁気テープのための
夢みながら“歩かねばならない”(1989) 2つのヴァイオリンのための
ピエールに。青い沈黙、不穏(1985) コントラバス・フルート、コントラバス・クラリネット、ライヴ・エレクトロニクスのための
断章-静寂、ディオティマへ(1979-80) 弦楽四重奏のための

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