〈気配〉を纏った歌だ。黒岩あすかのことを最初に知ったときから、漂う匂い、息遣いやため息の行方が気になって仕方がなかった。所在なき自分に囁きかけるがの如き歌声、物静かな佇まいがそのまま憑依したようなギターの音……それをアシッド・フォークだとかサイケデリアだとかと呼ぶのはたやすいが、彼女の作品はそうした形だけの言葉を一切寄せつけない。なぜなら、この人の場合、フォルムの背後にある〈気配〉こそが音楽だからだ。そんな黒岩の4作目となるニュー・アルバム『怪物』は、作品を重ねるたびに自己と向き合ってきた彼女の繊細なアイデンティティーが強固になっていることが伝わる一枚だ。レーベルこそ変わったが、いまも大阪に暮らす彼女を長きにわたってバックアップしている須原敬三(ベース)以下、senoo ricky(ドラムス)、hama(ギター)、HEAT(ギター)らがバックを務めている。改めて活動初期を振り返りつつ新作について語る黒岩の口調は、変わらず穏やかで少したどたどしいが、どこか鋭さも宿るようになった。

 「ファースト・アルバムの『晩安』は須原さんと出会ってわりとすぐに制作したんです。スタジオの部屋を真っ暗にしてもらって、〈ずっと録りっぱなしにしているから歌いたくなったら歌って〉って感じで。そうやって作ってみて〈ああ、自分はこうなんだ〉と初めて理解できた。そのときは、もう二度と作りたくないと思いましたけど(笑)、いまも基本的には同じように制作していて、だんだんと自分がわかってきました。〈バックのみんながどう曲を解釈しても受け止めます、私は絶対的にブレないから大丈夫〉という自信も強くなったかな」。

黒岩あすか 『怪物』 Tuff Beats(2024)

 曲によってはスロウコアにさえ聴こえるバンド・アレンジはメンバーに任せているそうだが、黒岩をただ支えるでもなく、伴奏になるわけでもなく寡黙にアンサンブルを築く。そして、一聴すると消え入りそうな黒岩の歌は、そこだけ無風地帯になっているようにタイム感が異なったままただそこにある――そんな奇妙な空間が出来上がるのだ。

 「整った音に関心がないんです。風の音も自動車の音も扉が閉まる音も……あと裸のラリーズの音楽も、全然整ってないと思っていて、そういうのがいいなと思うんです。今回のアルバムも、たまたまメンバーの音が合わさって出来た音。ピアノを弾いている曲があるのも、〈ピアノもいいな、入れようかな〉みたいな感じでやってみたんです。意図して作られてないっていうか、外で風を浴びて虫の声を聴いている感じのような、そんな音楽でありたいと思って作っているので、今回の作品も整っていないんだと思っています」。

 アルバム・タイトルの〈怪物〉は得体の知れないバケモノというより、人間の露悪をカリカチュアしたものとして位置付けているようにも思えるし、実際に〈キラキラ光るものが美しいというわけではない〉=〈醜いとされるものでも美しい〉という彼女の美学を反映させているようにも感じられる。ただ、黒岩は言葉や歌詞でそうした美学を伝える手法は決してとらない。それどころか、彼女が何を歌っているのか耳をそばだてて聴いてもわからないことが圧倒的に多い。

 「歌詞を理解してほしくないという気持ちもあります。そういう意味では言葉がもっと削ぎ落とされてもいい、くらいに思っていて、そこはすごく逡巡するところです。同時に、そもそも自分の音楽をそんな簡単には聴かせないぞ、みたいな思いが昔からあって(笑)。だから、これまでは配信をやってこなかったんですが、今回はアナログ・レコードと配信で出してみることにしました。いまも簡単に聴かれたくはないんですけど、作品は私一人で作っているわけではない。私が大事にしているバンド・メンバーやエンジニアの方が他でもっと活躍できるきっかけになればと思って、配信もチャレンジすることにしたんです」。

 


LIVE INFORMATION
黒岩あすか New Album「怪物」発売記念公演

2024年11月24日(日)大阪・難波 ベアーズ
開場/開演:18:00/18:30(終演予定 20:00)
出演:黒岩あすかと夜
前売/当日:2,500円/3,000円
ご予約:info@namba-bears.main.jpnambabears@gmail.com

2024年12月9日(月)東京・渋谷 WWW
開場/開演:18:30/19:30
出演:黒岩あすかと夜/山本精一+Phew
VJ:中山晃子(Alive Painting)

■前売(e+)
一般:4,800円
ペア:8,500円
U-25:3,000円
チケットURL:https://eplus.jp/kaibutsu/

 


黒岩あすか
96年生まれ、大阪出身のシンガー・ソングライター。2015年からクラシック・ギターを始め、2017年にファースト・アルバム『晩安』をギューンカセットよりリリース。2019年にバンド編成〈黒岩あすかと夜〉名義での『黎明』と、ソロ名義でのセカンド・アルバム『光与影』を2作同時に発表。山本精一が参加した2021年のサード・アルバム『永すぎた春』、2023年のライヴ盤『夜がくる』を経て、10月2日にニュー・アルバム『怪物』(Tuff Beats)をアナログ盤と配信で発表する。