シンガーソングライター、かなふぁんによるプロジェクトのkiss the gambler。まるで子どものような純粋無垢な感覚とささやかでパーソナルな感覚、そこに潜む深みや複雑さといったものを捉える独創的な歌詞世界、それらを表現する唯一無二の歌声、一度聴いたら忘れがたいソングライティングの才が、じわじわと注目を集めている。

これまでにデビュー作『黙想』(2021年)、谷口雄プロデュースの『私は何を言っていますか?』(2023年)、弾き語りアルバム『何が綺麗だったの?』(2023年)と作品を発表してきたが、2024年に入ってTV東京「シナぷしゅ」へ“あかるいあかちゃん”を提供したり、フジロックへ出演したりと、活動の規模を徐々に拡大させてきた。

そんななかリリースするニューミニアルバムは、その名も『Relax!』。曲ごとに石井マサユキ(TICA)、Shingo Suzuki(Ovall)、鈴木正人(LITTLE CREATURES)、佐藤洋介という初顔合わせの音楽家がアレンジで参加し、新たな魅力を開花させた意欲作に仕上がっている。

『Relax!』の発表にあわせた今回のインタビューでは、kiss the gambler誕生秘話から独自の歌世界の背景、新作の収録曲まで、音楽ライターの松永良平(リズム&ペンシル)がじっくりと話を聞いた。 *Mikiki編集部

kiss the gambler 『Relax!』 Hooman(2024)

 

仕事の余暇に未経験で始めた歌と作曲

──新作『Relax!』、楽曲ごとのプロデューサーもミュージシャンも豪華だし、すごくカラフルなサウンドになってびっくりしました。

「私もはじめましてな人たちばっかりだったんですけど、いいものができてうれしかったです」

──kiss the gamblerは、シンガーソングライターであるかなふぁんのアーティスト名義。これまで、まさにインディペンデントというか、友人たちや雷音レコード主宰の本秀康さんのバックアップはありつつ、基本的には自分の音楽で食べていくという活動をしてきたわけじゃないですか。まず、みんながなんとなく気になっていたこの風変わりな名前のシンガーソングライターはどうやって生まれたのか、から話を始めましょうか。バイオグラフィーによると〈2018年より活動を開始〉とあります。

「そうですね。それまでは人前で歌ったことはないし、曲を作ってもいなかったんです。社会人1年目のときに、通っていた美容院で私を担当してくれてた方が、〈自分で作った曲を発表してみんなで聴く〉みたいな会に誘ってくれたんです。そこに連れてってもらったときにすごく楽しくて、私も曲を作ってみようかなと思ったのがきっかけでした」

──それまで曲を作ったことすらなかったというのが驚きです。

「それまで趣味も特になかったんです。仕事の余暇を使ってちょっと楽しみを見つけてみようというぐらいの感じで曲作りを始めてみました。

その会ではゲーム音楽のトラックみたいなものとか、インストバンドの音源みたいなものを作ってる人が多くて歌ものを作ってる人があんまりいなかったんですよ。だから、私は1人だけちょっと浮いてました。でも、他に歌ものを作っていた人が〈ライブでもやってみる?〉と誘ってくれて、それが最初のライブになりました」

──その時点では名義は〈かなふぁん〉?

「そうですね。でも、かなふぁんみたいな名前のアーティストがいっぱいいたんです(笑)。あいみょんとか、ちゃんみなとか、ひらがな5文字の人が多かった。これじゃ埋もれるかなと思って、英語の名前にしようと決めました。かなふぁんの〈ふぁん〉は、ロックバンドのファン(Fun.)が好きだったからつけたんですけど、ファンの曲では“The Gambler”が好きなんです。なのでそれをいただいて、〈kiss the gambler〉にました」

──〈ギャンブラーにキッスする〉から転じて、〈挑戦する人を祝福する〉という意味だと説明されることが多いですが、よく〈kiss〉を思いつきましたよね。

「たぶん、英語ではそんな意味ないんですけどね(笑)。名前を決めたとき私はまだ会社員で、下北沢のカフェやバーによく行ってたんです。そういう店で1人で仕事してたりするフリーランスの人たちに憧れがあって、私もいつかああなりたいなと思った。なので、人生を賭けて音楽やデザインを仕事にしている人への憧れでつけたんです」