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プログレ・バンドたるもの2枚組を作るべし――名ソングライター擁する4人組が大作を完成!
美メロとテクニカルな演奏で紡ぐのは、AIが支配する近未来を舞台にした青年の冒険譚だ!!

 2000年代にUK産ティーン・ポップのクレジットを意識しながら聴いていた人なら、ジェム・ゴドフリーという名に見覚えがあるはず。サマンサ・マンバやブルーへの曲提供を皮切りに、数多くのアーティストにソングライターとして力を貸してきたジェムは、アトミック・キトゥンの“Whole Again”(2001年、OMDのアンディ・マクラスキーらと共作)で全英シングル・チャート1位を経験。同じく全英No.1を記録したシェイン・ワードの“That’s My Goal”(2005年、ヨルゲン・エロフソンらと共作)ではアイヴァー・ノヴェロ賞を獲得した実績の持ち主。プロデューサーとしてもホリー・ヴァランスのようなアイドルから、大ヴェテランのルル、元クーパー・テンプル・クロースのトム・ベラミーを擁するルーザーズの『And So We Shall Never Part』(2013年)など、幅広いアーティストを手掛けてきた。それだけでも立派な経歴だが、ジェムは裏方人生に満足せず、自身のバンドで〈もうひとつのキャリア〉を探求する。

 実のところジェムには、80年代にジェネシスやエマーソン・レイク&パーマー、ラッシュなどから影響を受けたネオ・プログレ・バンド、フリーフォールの一員として活動していた〈前歴〉があった。ポップ・フィールドで裏方業を続けながら、プログレッシヴ・ロックを演奏するためのバンド、フロスト*を2004年に結成。変拍子の多用やテクニカルなソロなど、王道プログレの手法を意識しながら、メタルやオルタナティヴの要素も取り入れた2006年のファースト・アルバム『Milliontown』を発表すると、現行プログレの新星登場と大いに注目された。

 2008年発表の2作目『Experiments In Mass Appeal』から、現在の作風に通じるポップ性が表面化。ドリーム・シアターのサポートなども経験したが、ジェムの健康上の問題からバンドはいったん活動を休止する。復活後の3作目『Falling Satellites』(2016年)は、このジャンルではまず考えられなかったEDM的な要素を大胆に導入した“Towerblock”がファンを仰天させたが、裏方稼業で最新のサウンドを扱い続けてきたジェムにとっては自然な〈進化的〉アプローチであった。ドラマー脱退を経た4作目『Day And Age』(2021年)はMr. ミスター~キング・クリムゾンのパット・マステロットを筆頭に3名のドラマーを迎えた変則的な編成。モダンなサウンドに更新しつつ、軸足はプログレに置き続けるという美学を貫いていた。

FROST* 『Life In The Wires』 Inside Out Music/ソニー(2024)

 新作『Life In The Wires』では、スティーヴン・ウィルソンとの活動でも知られるドラマーのクレイグ・ブランデルがバンドに復帰。以前は2枚組大作について否定的な発言をしたこともあるジェムだが、ここに来て「まともなプログレ・バンドだったら絶対に2枚組アルバムを作るべきだ」と心変わりを見せ、重厚なダブル・アルバムを完成させた。そのきっかけはアナログ盤が見直されてきたことで、各20分・4面の作品をイメージして、起承転結を上手くつけたアルバムに仕上げることができたそうだ。ジェネシス『The Lamb Lies Down On Broadway』(74年)やピンク・フロイド『The Wall』(79年)、あるいはザ・フー『Tommy』(69年)にも通じる、プログ・ロック・オペラと呼びたい内容になっている。

 本作の主人公は、20代前半の青年、ナイオ。AIが牛耳る世界で、目標を持たず、意味のない将来に向かって生きている夢想家の彼は、母親から譲り受けたAMラジオで年老いたDJが話す番組を耳にする。ナイオは電波の発信源を突き止めようと決心、謎の存在〈ライヴワイヤー〉を探し、現在より良い未来が存在するのかを見ようとするが……という近未来SF的な物語が展開する。監視社会やインターネットにも言及する歌詞は、そのまま映画化できそうなほど構成がよく練られている。

 前作ではリズムを複雑化しすぎないことなど制約を設けたようだが、今回は長尺の作品になったおかげで、野放図にメンバー各人が個性を発揮できている印象。テーマ曲“Life In The Wires, Part 1”“Life In The Wires, Part 2”を柱に、ジョン・ミッチェル(イット・バイツなどでも活躍)のテクニカルなギター・ソロをフィーチャーした“Idiot Box”、バンド・グルーヴの強靭さを見せつける“Propergander”など、ライヴ映えしそうな楽曲が多い。一方、メロディーの美しさに磨きをかけた“Strange World”や“Absent Friends”“Starting Fires”などは円熟味を感じさせる。ビートルズ~ELOラインが好みの人でも楽しめそうなポップネスも併せ持つこの大作で、彼らが新たなファン層を獲得するのは時間の問題だろう。ライヴ・パフォーマンスに定評のある彼らだけに、来日公演の実現にも期待したい。

フロスト*の作品。
左から、2006年作『Milliontown』、2008年作『Experiments In Mass Appeal』、2021年作『Day And Age』(すべてInside Out Music)、ライヴ盤『Island Live』(Tigermoth)