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柴田淳って何だっけ?

――身を委ねるという経験を始めてした、と。

「そうなんです。舞台も無事に終わって、学校も終わって資格を取って、いよいよ柴田淳に戻ってきたわけですけど、〈柴田淳って何だっけ?〉という感じになってたんですよね。いろんな経験をしてきたけど、柴田淳は止まったままだし、〈私ってどんなキャラだっけ?〉とか、ファンの人たちとの距離もわからなくなって。

いわば真っ白な状態だったし、どうしたらいいかもわからなかったから、〈プロデューサーを付けてほしい〉とお願いしたんです。スタッフの方々とも話すなかで、そういえば武部聡志さんのラジオに呼んでもらって、〈いつかプロデュースさせてください〉って言ってもらってたなと思い出して。ダメ元で打診したら快諾してくれて、初めてプロデュースしてもらうことになって。以前の自分だったらぶつかっていたかもしれない。武部さんとも〈今だったんだね〉とお話しました」

――制作も武部さんがリードする形だったんですか?

「そうですね。曲も選んでもらって。アレンジについては、私の拙いピアノで〈こういう曲なんです〉と披露したら、その場でコードを拾って、イントロから何から全部出来上がっていって、とにかく感動しました。武部さんのピアノも素晴らしかったし、〈この人に任せれば大丈夫だ〉と思って、その後はすべてお任せしたんですよ。なのでレコーディングの場で初めてアレンジされた曲を聴く状態だったんですけど、すべてカッコよくて。アルバムが出来たときに武部さんから〈好きなようにやらせてくれてありがとう〉と言われたんですが、こちらこそ〈全面的にプロデュースし全部やってくださってありがとうございました〉でした」

――歌録りはどうだったんですか?

「テイクのセレクトだけは自分でやろうと思ってたんですけど、そこも武部さんが〈僕に任せてほしい〉と。スタッフからも1日2曲録りたいと言われて〈そんなのやったことないよ!〉と思ったんだけど(笑)、結果的にはお任せしてよかったですね。〈(声が)ひっくり返るところがクセになるから、このテイクを使うね〉と言われたり、自分では選ばないようなテイクが使われることもあったんだけど、それも面白くて。今回のアルバムに関しては、武部さんがセレクトした柴田淳の歌を楽しんでもらえたらなと思っています」

 

私は歌だけ歌っていればいい。なんて幸せな人生だろう

――歌唱はもちろん、アレンジや演奏も素晴らしくて。アルバムを聴かせてもらって、〈こういう柴田淳の歌を聴きたかった〉と思いましたし、今現在の柴田さんの表現もしっかり反映されてますよね。

「よかった。かなり過密なスケジュールだったので、制作中は毎日、精一杯やるしかなかったんです。武部さんも毎日のようにメッセージをくれて、励ましてくれて。〈今日録った曲は出来上がったんだから、聴かなくていい〉という感じで進んでいって、ミックスのときに初めて全曲通して聴いたときに、〈こんなにすごいアルバムを作ってくれてたんだ〉と感動して。自分で書いた歌詞もよく覚えてなかったから、〈そうか、こんな歌詞を書いてたんだ〉〈そうそう、そうだった〉と思い出しながら聴いてました(笑)」

――それくらい集中していたんでしょうね。“綺麗なままで”“透明な私”などの哀切なラブソングは、〈これぞ柴田淳〉という名曲だなと。

「アルバムのブックレットの写真を見たときに〈私、大人になったんだな〉と思って(笑)。歌詞もそうなのかもしれないですね。以前はもっと切羽詰まって、〈あなたがいないと苦しくて苦しくて〉〈こんなに好きなのに愛してくれない〉という歌詞が多かった気がするんですよ。

でもリアルの生活もそうなんですけど、今の私は恋愛や結婚よりも一人を謳歌しちゃってるんですよね。(専門学校に通っていた)3年間があったからこそ、今、自由であることをすごく実感できているのもありますし、それがもしかしたら歌にも出ているかもしれません。物事は捉え方でいかようにも変わるし、私は歌だけを歌っていればいい。なんて幸せな人生なんだろう……ということに20年くらい気づいていなかったんです(笑)。ようやく、20年分の幸せをかみしめてます」

――今のお話は、“星の朝露”という楽曲に表れていますね。〈私の世界は 私だけのものだから/楽しい出来事も 私の思うまま〉という。

「そうなんですよ。いいことも悪いことも自分の捉え方次第というのかな。そのことを知ってしまったので、ヤバいです(笑)」