〈夜〉という女王が黒いヴェールを纏って歩く……そんな夜を共有したかった
1989年に留学して以降フランス在住のピアニスト池田珠代(パリ7区エリックサティ音楽院&パリ16区プーランク音楽院教授=1971-)が『シューベルト歌曲集(リスト編曲)&即興曲 D.899』に続く2年ぶりの新譜、『フォーレ&ショパン:ノクターン集』(Ulysses Arts=キングインターナショナル)をリリースした。
2024年が没後100年に当たるフォーレ、ポーランドへの愛国心も抱えつつ後半生は父の国フランスに帰依したショパンの夜想曲(ノクターン)を5曲ずつ、作品番号や年代順ではなく、「ある程度調性を考慮しながら」交互に弾いている。
「ウラジーミル・ジャンケレヴィッチの著作“夜の音楽(Le Nocturne)”(1942)に触発されました。彼によればショパンのノクターンは〈夜の孤独の中で経験する深い苦悩に寄り添う〉、フォーレは〈暗い夜を想起させる『黄金の太陽』が約束されている〉という違いがあり、私は両者の境界線を行ったり来たりしながら、夜の時間を描きます。〈夜〉という女王が黒いヴェールを纏って歩いている……。私も色々な形、匂いに彩られたそんな夜を、聴き手の皆さんと共有したかったのです」
録音に使ったピアノはプレイエルの1905年製〈コンサートグランドピアノ2m78 モデルno1〉。フランスの〈人間国宝〉の修復家シルヴィー・ファノンが完全な状態に調整したフォーレのピリオド(同時代)楽器だ。
「音が木の中に伝わっていく様が実に気持ちよく、空気の振動が全然違うのです。ピアノが〈どう弾けばいいのか〉を自然に教えてくれます。ショパンもプレイエルで弾くと、内面から音が語りかけてくる感じです」
音楽教育の激変で「最近はフォーレやプーランク、サン=サーンスを知らないフランス人が増えている」という。パリ在住35年の日本人ピアニストがフランス近代の音楽を究める際は「なるべく作曲家の自筆譜に当たって筆跡を追いながら、その人の性格まで知ろうと努めるのが基本です」。
ディスクに収めたフォーレの“ノクターン第7番作品74”では作曲者自身が遺したピアノロールの演奏も聴いた。
「楽譜に書いていないルバート、内声などたくさんの音が散りばめられ〈これがフォーレだ!〉と、いくつもの疑問が氷解しました」。 フランス人以上にフランス的、といえるピアノに誘われ、私たちも夜の世界に出かける。