盟友アンゲリッシュに捧げた魂の演奏
1987年、パリ国立高等音楽院の卒業生3名によって結成されたトリオ・ヴァンダラーは、翌年ミュンヘン国際コンクールで優勝の栄冠に輝く。1999年にはハルモニア・ムンディで録音を開始し、古典派、ロマン派から現代作品まで幅広いレパートリーを誇る名門トリオとして国際舞台で活躍するようになる。メンバーはヴァイオリンのジャン=マルク・フィリップ=ヴァルジャベディアン(使用楽器1748年製ガルネリ)、チェロのラファエル・ピドゥ(使用楽器1680年製ゴフレド・カッパ)、ピアノのヴァンサン・コック。全員がさまざまな音楽院で教鞭も執っている。
新譜はフランクのピアノ五重奏曲、ヴァイオリン・ソナタ、ピアノ三重奏曲にルイ・ヴィエルヌのピアノ五重奏曲が加わった構成。2022年に亡くなったピアニストの二コラ・アンゲリッシュに捧げられている。とりわけアンゲリッシュと親しかったヴァルジャベディアンはこう述懐する。
「二コラはとても大切な存在で、共演者としてもすばらしい人でした。特に初見能力が優れ、驚嘆すべき才能でした。ともに演奏したフランクのヴァイオリン・ソナタとピアノ五重奏曲は忘れられません。彼はとてもシャイですが、ピアノに向かうと情熱が一気にほとばしる感じでした」
その思い出の作品が収録された今回のアルバムは、3人の息遣いが聴こえるようなリアルな演奏で、各々の音が際立つ。トリオ・ヴァンダラーはだれかひとりがリーダ―的立場をとるのではなく、常に民主的だという。
「トリオ・ヴァンダラーという名前はシューベルトの“さすらい人(ヴァンダラー)”から命名しました。ですから私たちはシューベルトの作品を非常に大切に考え、“鱒”も各地で演奏しています。3人はかなり主張が強く、お互いの演奏に関しても忌憚のない意見を出し合う。でも、30年以上一緒に演奏していますから、互いを尊重し、意見も取り入れます」
ルイ・ヴィエルヌに関しては。
「盲目の作曲家ですが、パリのサン・シュピルス教会、ノートルダム大聖堂のオルガニストでした。フランクに才能を見出されたため、今回の選曲となりました。息子の訃報を聞いてその悲劇を音に託した壮絶な作品で、私たちは魂を込めて演奏しています」