「革命の時代」から「ファミリー・スピリット」の構築まで。
60周年記念ボックスでたどる、誇り高きレーベルの歴史。
現存するインディペンデント・レーベルの中で、最も長い歴史を持つハルモニア・ムンディ(以下HM)。その創立60周年を祝う催しが去る6月に、レーベルの本拠地アルルで開催された。同時にリリースを見たのが全2巻34枚組の記念ボックス。
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創設者ベルナール・クータツ(2010年没)の発案による、欧州各地の古いオルガンを用いた一連の録音がレーベルの原点をなす。教会のアコースティックを生かした、響きの空間性と色彩感に富むエンジニアリングは、その後もHMの音作りの基本姿勢として継承されているように思う。活動の初期段階では、古代&中世音楽の研究家マルセル・ペレス、さらには稀代の話題作『古代ギリシャの音楽』を手がけたグレゴリオ・パニアグアとのコラボレーションも重要なファクターをなし、それがひいてはワールド・ミュージック的な観点に基づく、真摯な視座と冒険心を兼ね備えたアルバムを、HMが一貫して手がける契機ともなった(たとえばチェロのジャン=ギアン・ケラスがペルシャの打楽器やクレタの弦楽器リラと共演した、2016年制作の『Thrace~トラキアの音楽』は、同じメンバーによる日本公演が大いに話題を呼び、この9月にも再演のツアーが予定されている)。
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大きな転機は1968年。イギリスの名歌手アルフレッド・デラーとの関係が始まった年だ。カウンター・テナーを世に広く認知させた立役者である彼によって、古楽の受容史が次のエポックへ足を踏み入れたのと同様に、HMもカタログを充実させながらレーベルとして躍進を遂げていく。デラー・コンソートによるパーセルの歌劇『アーサー王』の1978年録音は記録的なセールスを生んだものであり、ボックスの第1巻に全曲が丸ごと収録されているのも自然のなりゆきだろう。
そのデラーの弟子筋にあたるのがルネ・ヤーコプス。ヤーコプスが率いるコンチェルト・ヴォカーレでコンティヌオを弾いていたのが若き日のウィリアム・クリスティ。さらにはヤーコプスが歌手として共演を果たしたのがきっかけでHMとの接触の機会を得たのがフィリップ・ヘレヴェッヘ。ほぼ同世代にあたる古楽界の新星(今では押しも押されもせぬ巨匠!)たちが、まるで“才能の芋づる式”に次々と登場を果たし、名演を競い合っていたのが、1970年代終わりから80年代以降のHMというレーベルでもあった。記念ボックス第1巻に与えられた“革命の時代”という言葉そのままの勢いで……。
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かたや第2巻のタイトルは“ファミリー・スピリット”。ヤーコプスが継続的に手がけてきた、モンテヴェルディからモーツァルトにまで至る一連の歌劇作品や、デラーの後継者世代をなすカウンター・テナーや当代屈指のリート歌手たちの演奏がアンソロジーをおりなす一方、上記のタイトルともども目をひくのは、オーケストラを含む器楽陣の顔ぶれと、彼らが手がける演目の動向だ。
それもイザベル・ファウストやアレクサンドル・メルニコフやケラスといった、HMが新進アーティストとしてデビューさせた演奏家たちが、古楽系のアプローチにまで守備範囲を広げながら(つまり解釈上の問題意識を共有する形で)、様々な共演者とアルバム作りに臨んでいたりする。フランソワ=グサヴィエ・ロトやパブロ・エラス=カサドのような指揮者が録音を通じて世に問うてきた演奏にも同様の指摘ができる。ただ偶像破壊的に無為な行為としてではなく、既存のレパートリーに新たなアイデアをもって取り組むことが発足以来の“HMスピリット”だとすれば、まさにその価値観を分かち合う音楽家が集うファミリーにまで深化を遂げた……。そんな形容が、今のこのレーベルにはとても似つかわしい。
2017年にスタートさせた新シリーズ“ハルモニア・ノヴァ”で世に紹介したアンサンブルや演奏家は、その数が早くも10に及ぶ。還暦を過ぎてなお守りに入っていないHMが保ち続ける進取の気性と、それを支える矜恃も、ぜひ手にしたボックスから感じとってみてください。