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65歳を記念したストリングスとの新たな挑戦

 インターナショナルな日本人ジャズ・アーティストを10人選ぶとしたら、間違いなくピアニスト/作編曲家である藤井郷子の名前が入るに違いない。かような藤井はソロやデュオから様々な人たちを擁するグループ、はてはビッグ・バンドまでいろいろな単位を回している――そのアルバム・リリース数の多いこと!――が、GENと名付けられたこの6人による表現は過去、彼女のどのプロジェクトの傾向とも重ならない。編成はヴァイオリン2つとヴィオラ、コントラバス、ドラム、ピアノ。ようは、弦音を中央に置いた表現であるのだが、これがまたどのストリング・カルテットを使った表現とも異なる位相を見事なほどに獲得している。

藤井郷子ゲン 『標高1100メートル-Altitude 1100 Meters-』 LIBRA(2025)

 弦音が反応しあい蠢き、表情や風景をどんどん広げていく。その様、全くの定形外にしてオルタナティヴ。6人の重なりの先に何か得体のしれないものが待っていて、一緒にその旅に誘われるという感じもあるか。その音は幽玄と書きたくなる部分もある――外国人には日本的なものを覚えさせる?――ものの、弾ける部分もあるし、抗しがたい光彩を放つ箇所もある。

 楽器音の様々な放物線が自在に散ったり集まったり。ぶっちゃけ、分かりやすい音ではない。聞く人によっては現代音楽やフリー・ジャズという言葉を思い出す人もいるかもしれない。だが、能動的に望めば、こんなにスリリングな体験はない。

 本作はGENによる3度目となる公演をライヴ・レコーディングしたもの。一体どんな楽譜になっているのだろうという筋道を、到達すべき情景は見えていると言うかのように悠然とヴィヴィッドに音を重ねている奏者たちのミュージシャンシップの高さには脱帽しかない。そして、『標高1100メートル』という雄大な表題。これは彼女がこの楽曲群を避暑に出向いた高地/軽井沢で、その空気感を感じながら書いたからだそう。とにかく、なんにしても〈世界の藤井〉の表現者としての独創性、音楽家としての覚悟も存分に浮き上がっている。