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築100年のスピニングミルにて一対一で語り合ったサウンド

――新作『DUETS Till Now, From Here』は14年ぶりのリーダーアルバムです。どのような経緯で制作に至ったのでしょうか?

「最初のアルバムを2011年に出してから、参加作はいくつかあるんですが、リーダーアルバムは作っていなくて。〈私の音楽はこれです〉と言える作品が2011年のアルバムしかないのは、今の自分と離れすぎているなと。だから新しいアルバムを作りたいと、ここ5年ぐらい思っていました。

どんな形で作ったらいいかと考えていた時、2020年頃からデュオのライブが多いことに気づいたんです。あえて増やしていたわけじゃなかったんですが、デュオは好きなんですよ。一対一の関係性で演奏できるので。だったらいろんな人を呼んでデュオをたくさん録るのがいいんじゃないかと思い、2024年から動き始めました。

まずは録音会場として堺のスピニングミルを押さえて。とても素敵なスペースなんです。第1子出産後すぐにスピニングミルのオーナーと知り合ったんですが、きっかけは森定さんでした。ある日、森定さんから〈今来られへんか〉と電話がかかってきて、珍しく押しが強かったので行ってみたら、すごく素晴らしい場所で。子供が幼い頃に何回か企画をやらせていただいて、音楽活動を続ける励みになった場所でした。

なので空いている日を確認し、録音エンジニアも南川勝哉さんにお願いしたかったので連絡して。ミュージシャンはもっと候補がいたんですが、いろいろ考えた結果8人に絞りました。奇跡的に2日間で4人ずつスケジュールが合ったので、これはもう録るしかないと」

――デュオというフォーマットにはどんな魅力を感じていましたか?

「デュオって共演者の音がまるごと聴こえるじゃないですか。トリオ以上になると、聞こえているけど、聴かない部分も増えていく。デュオは自分と相手の音だけなので、一対一で喋っている感覚になるんです。それが心地よいなと。思っていることを言いやすい環境と言ったらいいでしょうか」

――ピアニストがホストを務めたデュオ集といえば、山本恵理さんの『DUOLOGUE』(2008年)やスガダイローさんの『八番勝負』(2011年)、クリス・デイヴィスの『Duopoly』(2016年)などもありますよね。制作にあたって参照したアルバムはありましたか?

「ありました。ピアニストではないですが、リー・コニッツの『The Lee Konitz Duets』(1968年)を聴き返し、こういうやり方もアリだなと。チャーリー・ヘイデンの『Closeness』(1976年)も大好きです。キース・ジャレット、オーネット・コールマン、アリス・コルトレーン、ポール・モチアンの4人とデュオで演奏していて、全部違って、かつ、どれも密度が高くて。そのあたりからは影響を受けましたね。

初めは不安でした。いろんな人を呼んで一つの作品になるのか、オムニバスみたいになってしまうんじゃないか、と。でも、リー・コニッツやチャーリー・ヘイデンの作品を聴き、一つ一つのサウンドをしっかり固めていけば形になると思うようになりました」

 

垣根を設けず集った8人の演奏家との楽しく美しい瞬間

――今回、8人のミュージシャンが参加しています。ドラムス、ギター、ボイスのほか、サックスが2人、ベースが3人と、同じ楽器の方もいらっしゃいますが、どのような基準で選んだのでしょうか?

「制作中に一番考えていたのは、私が大きな影響を受けたミュージシャンにお願いしようということです。あと、先に曲が決まっていて、一緒に演奏するならこの人、ということで声をかけたり。それと音楽的な偏りが出ないようにしようとも思いました。ジャズからフリーインプロまで――と分けるのも本当はよくないんですが(笑)、別々のところにいる人たちが私のピアノを介して同じアルバムに収まるのは面白いなと。

たとえば森定さんはインプロバイザーの面が強いですが、サックスの武井努さんはどちらかというとオーソドックス寄りのジャズミュージシャン。同じサックスでもかみむら泰一さんはまたタイプが違って、近年はオーネット・コールマンを研究されている。かみむらさんは昨年まで3年間京都に住んでいて、関西に自由な気風を送り込んでくれたキーパーソンだと思います。ドラマーの光田じんさんは沖至さんのバンドで演奏していた方ですが、オーソドックスなジャズもやられていて、即興のイメージは薄いかもしれません。でも、フリーなドラミングも強烈なんです。

ベースの大塚恵さんは、私とは音楽的な共通項がなさそうに見えるかもしれませんが、ずっとデュオで演奏してきて、とても楽しいんですね。バックボーンが異なる相手でもうまく向き合えるかどうかが大事で、今までの経験や音楽の好みを一旦取り払って、目の前にいる相手の音や存在にいかに集中できるかが、いいデュオになるかどうかを左右します。ベースの甲斐正樹くんも、独特の世界を持っていますが、フラットな気持ちで共演できる方です。

ボイスの谷向柚美さんは名古屋の方で、芯が強くてものすごい音の感覚の持ち主です。甲斐くん、柚美さん、ギターの森下周央彌くんとはユニットで活動をしていて、柚美さんとはデュオで共演したことはなかったんですが、絶対に大丈夫だという確信があったので、今回初めてデュオで演奏しました」

――谷向さんはディスク1とディスク2で異なるボイスのアプローチをしていて、しかし共通した空気も纏っているように感じます。アルバムの統一感という意味では、もちろん関谷さんのピアノが通底していますが、独特の奥行きのある響きが全体を包んでいることも印象的でした。

「スピニングミルの空間が素晴らしすぎました。レコーディング以前に、ライブでも、なんと響きのいい場所なんだと思っていて。

実は、森下くんに紹介したら、先を越されたんです(笑)。彼は大学の後輩なんですが、2020年にスピニングミルでファーストアルバム(『Ein.』)を録っていて。でもそのノウハウがあったので、彼にレコーディングディレクションもお願いし、場の空気感まで録る感じで臨みました」

――ディスク1が〈これまで(Till Now)〉、ディスク2が〈ここから(From Here)〉となっていて、関谷さんの活動における一つの節目となるアルバムとも言えそうです。制作を終え、どんな作品になったと感じていますか?

「共演者との一番楽しい瞬間、一番美しい瞬間を形にしたかったというのがまずありました。それと、曲が溢れるように生まれる時期が続いたこともあり、一旦形にしないと次に進めないとも思っていました。なので、ようやく新しいことに踏み出せる状態になった。

今回は楽曲をメインにバランスのいいアルバムに仕上がったので、次は思い切りフリーに振り切ったトリオ作品に挑戦したいなと思っています」

 


RELEASE INFORMATION

関谷友加里 『DUETS Till Now, From Here』 Umishima(2025)

リリース日:2025年4月23日(水)
形態:2CD
品番:USM001
価格:4,400円(税込)
配信リンク:https://linkco.re/16brfqTz

TRACKLIST
*全曲関谷が演奏・作曲(Disc 1 #2 森下周央彌、 Disc 1 #4 & Disc 2 #4 森定道広と共同作曲)

Disc 1: Till Now (53:28)
1. Nobody Is There ノーバディ イズ ゼア(08:29) 光田じん drums
2. Avaruutta アヴァルタ(05:49) 森下周央彌 guitar
3. Last Spring Days ラスト スプリング デイズ(06:29) 甲斐正樹 bass
4. Forest Valley フォレスト ヴァレイ(07:06) 森定道広 bass
5. Happa ハッパ(05:48) かみむら泰一 tenor sax
6. Umishima ウミシマ(04:47) 谷向柚美 voice
7. Canja カンジャ(06:42) 武井努 soprano sax
8. Room 401  ルーム フォーオーワン(08:18) 大塚恵 bass

Disc 2: From Here (48:58)
1. Your Voice ユア ヴォイス(06:19) 大塚恵 bass
2. In Touch イン タッチ(06:09) 光田じん drums
3. Eupnoea ユープノエア(07:35) かみむら泰一 soprano sax
4. Monochrome モノクローム(04:42) 森定道広 bass
5. Sigh A サイン エー(05:30) 谷向柚美 voice
6. Calm House カーム ハウス(06:59) 甲斐正樹 bass
7. Octopus Blues オクトパス ブルース(05:42) 森下周央彌 guitar
8. The Circle of Humming ザ サークル オブ ハミング(06:02) 武井努 tenor sax

2024年5月11日、12日 大阪府堺市 SpinniNG MiLL(スピニング ミル)にて録音
録音、ミックス、マスタリング:南川勝哉 ミナミカワ カツヤ(K.station)
ジャケット絵画:岩瀬ゆか イワセ ユカ

■メンバー
関谷友加里 セキヤ ユカリ Yukari Sekiya piano (All Tracks)
かみむら泰一 カミムラ タイイチ Taiichi Kamimura soprano sax, tenor sax (Disc 1 #5, Disc 2 #3)
武井努 タケイ ツトム Tsutomu Takei soprano sax, tenor sax (Disc 1 #7, Disc 2 #8)
谷向柚美 タニムカイ ユズミ Yuzumi Tanimukai voice (Disc 1 #6, Disc 2 #5)
森下周央彌 モリシタ スオミSuomi Morishita guitar (Disc 1 #2, Disc 2 #7)
森定道広 モリサダ ミチヒロ Michihiro Morisada bass (Disc 1 #4, Disc 2 #4)
大塚恵 オオツカ メグミ Megumi Otsuka bass (Disc 1 #8, Disc 2 #1)
甲斐正樹 カイ マサキ Masaki Kai bass (Disc 1 #3, Disc 2 #6)
光田じん ミツダ ジン Jin Mitsuda drums (Disc 1 #1, Disc 2 #2)

 

LIVE INFORMATION
関谷友加里 “DUETS Till Now, From Here” Release Concert 大阪公演 at SPinniNG MiLL, Sakai City

2025年4月27日(日)大阪・堺 スピニング ミル SPinniNG MiLL
開場/開演:12:30/13:00(終演 15:30予定) *途中休憩有
関谷友加里(ピアノ)with 武井努(ソプラノ&テナーサックス)、森下周央彌(ギター)、大塚恵(ベース)、光田じん(ドラムス)

■料金
予約:3,500円
当日:4,000円
U25:1,500円
U15:500円

飲食:自由電子によろしく 
予約:専用メールアドレス reserve.umishima@gmail.com まで。タイトル→〈スピニングミル4/27予約〉、本文→〈名前、人数〉をご明記下さい(3日以内に返信いたします。それをもちまして予約完了です。受信可能な設定をお願いします)。

関谷友加里 “DUETS Till Now, From Here” Release Concert 東京公演 at 公園通りクラシックス, Shibuya

2025年6月28日(土)東京・渋谷 公園通りクラシックス
開場/開演:19:00/19:30 
出演:関谷友加里(ピアノ)with かみむら泰一(ソプラノ&テナーサックス)、谷向柚美(ボイス)、森定道広(ベース)

■料金
予約・当日:3,500円

予約:店の予約フォームまたは出演者まで

 


PROFILE: 関谷友加里
大阪府出身。うねりと間を活かした独自の演奏スタイルと歌心のある鮮やかなオリジナル曲を生み出す音楽家。4歳よりピアノを弾き始め、17歳でエレキベースの兄のバンドでライブデビュー。大阪音楽大学短期大学部でジャズを学び、在学中より演奏活動を始める。首席で卒業後、ポール・ブレイに傾倒。フリーインプロビゼーションと作曲に注力した活動へシフトする。2004年、ピアノトリオでの全曲オリジナルの1stミニアルバム『a sunset glow』を発表。2009年、森定道広率いる集団メロンオールスターズでロシアツアーを実施、バイカル湖畔での〈オリフォン・フェスタ〉に出演。2010年、関谷友加里オーケストラを結成。2011年、自身のグループで『ありふれた愛なので…』を全国リリース、〈石川県加賀温泉郷フェス 2013〉にてグランプリを受賞し、メインステージへ出演。2020年、ホームスタジオより即興と風景のソロプロジェクト〈Out of the Window〉を始動させた。2024年、ポーランドのサックス奏者アダム・ピエロンチクとのデュオ演奏が好評を得る。現在、即興(抽象)と作曲(具体)をシームレスに繋げ深めることを軸に全国で活動中。国内外のジャンルの垣根を越えた音楽家や舞踏家、画家などの表現者と共演も多く、〈感情が揺さぶられる音楽〉と各方面のファンに支持されている。

PROFILE: かみむら泰一
響きと空間とジャズをテーマに独自の音楽を創作している。東京都出身。1985年よりサックス奏者として活動を開始。ジョージ大塚グループでプロデビュー。1994年に訪米、ニューヨーク滞在中にデューイ・レッドマンより直々に指導を受ける。かみむら泰一カルテットで『A Girl from New Mexico』『喉の奥から生まれそうな感じ』、サックストリオ〈オチコチ〉で『オチコチ』、かみむら泰一&齋藤徹で『choro & improvization』をリリース。2014年頃よりギタリストの古和靖章とフリージャズの先駆者オーネット・コールマンの音楽に注目し検証を重ね、オーネット・ジャムセッションを定期的に開催。2023年10月、NetteNixの1stアルバムをリリース。2021年に京都に移住、禅の思想から茶道、花道、尺八、仕舞を通して京都文化を2024年5月まで学ぶ。現在は東京に拠点を戻し、オーネット・コールマンの研究と関西の経験を重ね合わせた新たな音楽を創作している。

PROFILE: 武井 努
大学在学中から本格的な音楽活動を開始、E.D.F.やモダンチョキチョキズ、Wodden Pipeなどに在籍。作編曲、DTMも手がけ、舞台関係にも関わる。近年は自己のライブのほか、森山威男、板橋文夫、渋谷毅、坂井紅介、金澤英明などジャズ界の大御所をはじめ、ライアン・ケバリー、ジョナサン・パウエル、アルベルト・ピントン、トミー・コッテル、マキシム・コンバリウ、スウェーデンのボーヒュースレン・オーケストラなど国内外の著名アーティストとの共演、またサポート演奏も多数。ピアニスト清水武志と立ち上げたレーベルFollow Clubでは16作目を発表し、次作以降も順次企画中。秀逸なフロントマンであると同時にアンサンブルを背後から支えることができる希有なミュージシャン。

PROFILE: 谷向柚美
ジャズ、即興演奏をベースに〈声〉という楽器の可能性にチャレンジしているボーカリスト。自身が歌とピアノで作詞作曲したオリジナルの多彩な曲たちを透明感ある声とサウンドで織りなすプロジェクト〈Flux and Flow〉は、2014年より〈絶え間なく流動的なサウンドが湧き出る音楽〉をコンセプトに始動、聴く者を異空間に誘い、好評を得る。2016年9月7日、1stアルバム『A White Egret」をAPOLLO SOUNDSより全国リリース。2017年より弾き語りでのソロ、バンド、ゲストとのコラボレーションを図り、世界観を広げつつ新たなサウンド構築している。2022年4月30日、2ndアルバム『No-audience concert at TOKUZO』を全国リリース。

PROFILE: 森下周央彌
2021年、キングインターナショナル/S/N allianceより1stアルバム『Ein.』をリリース。ギタリストとしての活動にとどまらず、作曲家としても高い芸術性を持つ楽曲を生み出し、弦楽トリオを中心とした新たな室内楽ジャズのスタイルで国内外から高い評価を得ている。2022年には5都市を巡るアルバムリリースツアーを成功させるなど精力的に活動を展開。またアーティスト活動に加えイベント企画事業も手がけるなど多方面から注目を集めている。

PROFILE: 森定道広
1950年、大阪に生まれる。1975年、コントラバスによるソロ活動を始める。メロンオールスターズ、薔薇色の人生相談研究所、RJSQ、ヨンベなどで活動。レコード作品は『あげくのはてもなく』(1979年)、『鶴千亀千』(1981年)。CD作品は『Contrabass is not Contrabass』全3巻(2000年)、『真実の生活』(2001年)、『海を見た』(2002年)、『冥王星を売る男』(2003年)、『ありふれた愛なので…』(2011年)、『RJSQ』(2020年)。

PROFILE: 大塚 恵
兵庫県神戸市出身のベーシスト。高校の弦楽部でコントラバスを弾き始め、北海道大学ジャズ研究会入部を機にジャズに出会う。在学中より札幌在住ミュージシャンとの活動を始め、ピアニストの福居良やブラジリアンギタリストの飛澤良一などのバンドでベースを担当。コントラバスユニット〈漢たちの低弦〉の初演メンバーとして釧路公演にも参加。2012年より関西を拠点に活動。サックス奏者の長谷川朗がオーナーを務める大阪のジャズ喫茶SUBのレギュラーベーシストを務め、国内外のミュージシャンとセッションや共演を重ねる。2024年5月にOtsuka Megumi Pangaea名義での1stアルバム『Spontaneously』をリリース。

PROFILE: 甲斐正樹
幼少期に前衛美術グループ〈具体(Gutai)〉の山崎つる子に自由な芸術表現を習う。大学入学時にジャズ研究会に入り、コントラバスを始める。専攻ではユング心理学、河合隼雄について学び、自己の深い場所とのつながりを考え始める。大学卒業とともに浜村昌子にインプロビゼーションを習い、多大な影響を受ける。ノルウェーの首都オスロに住みノルウェー国立音楽学校にて学ぶ。クリスチャン・ヴァルムルー、ハーコン・テリン、アンデス・ヨルミンからのレッスンを受け北欧の音楽を学び、その後ミュンヘンに移り演奏活動をした後帰国。現在はジャズと括れる領域の音楽やシンガーソングライターとの活動をしている。

PROFILE: 光田じん
広島県出身。14歳よりドラムを始め、20歳よりプロとしての活動を始める。1989年に渡米、1990年に帰国後、関西を中心にジャズ、ブラジル音楽、フリーミュージックなどの分野で活動中。1997年よりフランス在住トランペッター沖至の来日ツアーとレコーディングに参加。2001年、ニュージーランドのウェリントンでのジャパンフェスティバルに参加。2004年より打楽器によるソロパフォーマンスを開始。2014年~2016年、劇団四季のミュージカル「ライオンキング」にパーカッショニストとして参加。2017年、デンマークのオーフスでのジャズフェスティバルに参加。著名な共演ミュージシャンはオテロ・モリノー、フランク・ウェス、鈴木勲、沖至など。