
ブルースってコードは3つだけど深い
永井「ロックを演っていた頃にオールマン・ブラザーズ・バンドのアルバムを買ったら、ライナーノーツに〈“Hoochie Coochie Man”の原曲はマディ・ウォーターズ〉と書いてあるわけです。その頃、マディのアルバムは身近になかったから、誰なんだろう?と探しました。ロックをやるにしても、イチからブルースをやってみないとダメなんじゃないかと思っていましたね。オールマン・ブラザーズであれジョニー・ウィンターであれザ・ローリング・ストーンズであれ、みんなマディ・ウォーターズやロバート・ジョンソンを一回ちゃんと聴いたり演ったりしてるわけです。
それと同じことを妹尾君もウエスト・ロードもブレイクダウンもやっただけです。つまりカバーをちゃんとやろうとする姿勢ですね。最初から日本語のブルースをやってしまうと、それはそういうルーツが得られないわけです」
――そうですよね。
永井「だから自分の姿勢は、今もなかなか追いつけないけどブルースをカバーしてます、という感じ。そんな俺たちって何なんやろ?と話していたら、今はニューオーリンズで活躍するギタリストの山岸(潤史)が〈俺らはセミプロぐらいやろ〉と笑って言っていました(笑)」
一同「(笑)」
永井「B. B. キングやアルバート・キング、あるいはロバート・ジョンソンがプロだとしたら、俺らはセミプロぐらいだろうって。正直、未だに学ぶことが多すぎて、一生やってもたぶん無理やと思います。ブルースってコードは3つだけどね、深いんですよ。
例えばB. B. キングは “The Thrill Is Gone”をライブで毎回やるんです。彼にインタビューした時、〈失礼ですが同じ曲を毎晩演って飽きませんか?〉と訊いてみたんですよ。そうしたらニッと笑ってこう答えたんです。〈もし君が俺のライブに3日間来て毎晩演る“The Thrill Is Gone”に飽きたら、それは俺が悪いんだ。ブルースはどのようにも演奏できるし、俺は毎日違うように演奏しようとしている。だから、同じ曲をやっても毎日違うはずなんだ。君にとって同じに聞こえたら、それは曲のせいではなく俺が悪いんだ〉と」
妹尾「70年代はホトケさんも妹尾さんも20代の若い情熱で一生懸命ブルースに取り組んでいたじゃないですか。今70代になってブルースの感じ方は変わりました?」
永井「いや、変わらない。まったく一緒ですよ。だからずっとセミプロなんです(笑)」

〈日本語のブルース〉は成り立つのか?
――ブルースの受容について過去と現代の違いをお話しいただきました。
永井「日本語のブルースってどうなんだ?とは思います。〈なにわブルースフェスティバル〉が年に一回開催されていて、ブルースフェスですが英語でブルースを歌うバンドは自分のブルーズ・ザ・ブッチャーだけです。今までウエスト・ロードやブレイクダウン、そして妹尾君が作ってきたブルースももういらないのか……と時々思います」
妹尾「日本のブルースは社会的じゃなくドメスティックで、個人的な不自由さや行き詰まり、つまりブルーで湿っぽい気持ちと共鳴して別の形で形成されてきましたよね。歌謡曲との関わりも見逃せません。例えば妹尾さんは〈憂歌団は自分の考えるブルースじゃない〉と言っていました。
ただ型通りのブルースじゃなくても、自分の気持ちを正直にシンプルな言葉で表現しているthe Tigerのような若いバンドも出てきています。そういうものが日本のブルースになっていくのかなと。色んな角度からブルースに対するアプローチが可能なんです」
安藤「日本語でブルースっぽいことをやろうとしてる人は今もそれなりにいますよね。でも、それが発展していくかは何とも言えない。CDは売れなくなっていますが、日本で唯一の専門誌『ブルース&ソウル・レコーズ』は安定した部数が発行されています」
妹尾「今、日本にブルーズ・ザ・ブッチャーのようにツアーを続けていて目標になるブルースバンドがいないんですよね。かっこいいバンドがいればブルースを聴いてくれる人は増えるはずですが、ブルースはセッションばかりですね」
永井「ライブハウスがブルースセッションをやってるでしょ。あれはギターの人が前日に覚えたフレーズを弾きたいだけで、ちゃんとブルースを覚えてきて歌わない。ドラムとベースの参加者は少ないのでずっと同じ人が演奏していて、そこに何十人もちゃんと歌わないギタリストが出てくるわけ(笑)。そんなブルース、初めて聴いた人たちが面白いわけがない。嫌いになってしまいますよ」
妹尾「ブルース種まき運動と称し、妹尾さんはセッションにも力を入れていました。芽が出たものもありますが、時には歯がゆく感じたようです」
永井「吾妻光良に〈ホトケさんは日本語でブルースをやる気はないんですか?〉と訊かれたことがありますが、〈日本語のブルース〉をやる気はない、〈日本語の歌〉を歌う気持ちはあるけど、と言いました。
昔、日本語詞のアルバムを2枚出したけど、その時は〈日本語のブルース〉って宣伝しないでくれと頼んだんです。そうじゃなく〈自分で作った日本語の曲〉だと。例えば日本語のブルースというレッテルを貼ってタワレコのブルースコーナーに置いても、おじさんしか見に来ない。若い人たちに知ってもらうには〈日本のポップ〉の棚に入れるべきです」
――ブルースじゃなくてJ-POPだと。
永井「そう。いかにたくさんの人に聴かれるかが大事で、〈この人はブルースの影響を受けているんだ〉とあとで伝わればいいと思う。またいつか日本語のアルバムを作ったら、それはブルースではなく〈ポップ〉の棚に並べてほしいんです」