©Alex Troesch

雲のように動き、消えていく音楽

 深く、大きな呼吸の後に、楽器に吹き込まれた息が長く、伸びやかな音を生む。その楽器は時にクラリネット、時にサックスだったりして、ニコラス・マッソンの奏でる同じような形をした旋律にさまざまな彩りを添える。彼の音楽はとてもゆっくり、じっくり変化しながら動く雲のようだ。マッソンはスイスを中心に活動する作曲家であり、サックスとクラリネットを演奏する音楽家で、20歳のときニューヨークでセシル・テイラーやフレッド・ホプキンスと出会い、フランク・ロウやケン・マッキンタイヤーのもとで学ぶ。60年代後半から70年代のフリー・ジャズ、ニューヨークのロフト・ジャズから影響を受けたようだ。

 マッソンは、サード・リールというマルチ・インストゥルメンタリストのドラマー、ギタリストと組んだトリオでECMからデビューする。三名、それぞれが楽曲を提供しているが、どの音楽からもジャック・ディジョネットやポール・モチアンからの影響を聴こえてくる。

NICOLAS MASSON 『Renaissance』 ECM(2025)

 ニコラス・マッソンのこの新譜『ルネサンス』は、ピアノにコリン・バロン、ベースにパトリース・モレ、そしてドラマーにはライオネル・フリードリのリズム・セクションの、マッソン・カルテットの2枚目だ。一見コリン・バロン・トリオのドラマーだけを代えたセクションのようだが、フリードリはバロン・トリオのドラマーであるジュリアン・サトリウスのアンサンブルのメンバーでもある。フリードリ、バロンとモレの音楽は、かつてエリーナ・ドゥニの歌を伴奏した時のような響き、バロン・トリオの時のような不思議なアプローチを柔軟に行き来しながら、マッソンの雲のような音楽にさまざまな光を当てる。2枚目のアルバムにおいても、マッソン・カルテットのダイナミクスは、バロン・トリオの生理に従順なようだ。

 メンバー全員がスイス人。マッソン、バロン・トリオ、それにジュリアン・サトリウス、ニック・ベルチュの音楽を聴いていると、今スイスの音楽界では何か特別なことが起きているのではなかろうかと、ドキドキしてくる。