3人の大作曲家の〈練習曲〉は実験的・意欲的な芸術作品
イタリアのポッリーノ国際コンクールで優勝するなど国内外のコンクールで高い評価を受け、日本とドイツを拠点に活動している川﨑翔子の新アルバム『Die Tastenkunst -鍵盤芸術の極み-』が発表された。ショパン、ドビュッシー、リゲティという作風も年代も違う3人の大作曲家の練習曲だけを22曲も集めるという挑戦的な作品である。
まず、曲の並びが非常に面白い。3人を順番に、あるいは規則的に並べるのではなく、調性や曲調、リズムなどを意識した上で確信犯的に〈あえて〉バラバラに配置した。通しで聴いていると、連なった一つの物語に没入したかのような錯覚を覚える。これも川﨑の存在感のある音色と目を瞠るような技術の賜物だ。
そして、練習曲を22曲並べることで見えてくるものがある。川﨑はリゲティの練習曲の研究で東京藝術大学大学院の博士号を取得し、誰よりも作曲家における練習曲の位置づけを熟知している。つまり、練習曲というのは単なる練習のための音楽ではなく、作曲家が持つ技術や思考をすべてつぎ込んだ、実験的かつ意欲的な芸術作品なのだ。
実際、3人の練習曲を聴いてみると、彼らの代表曲に通じるような技術や表現が随所に現れる。ショパンの場合はまるでピアノが友達であるかのように楽しそうに戯れる姿が、ドビュッシーはあるイメージから連想される音を紡ぎ出す姿が目に浮かぶ。リゲティはこの3人の中ではやはり変則的な音やリズムが多いが、静寂から螺旋的に頂点に駆け上る、躍動的な構造美を見せつける。
川﨑は音楽学者の瀧井敬子氏が創設した〈グラチア音楽賞〉の第一号受賞者であり、川﨑自身も瀧井氏と関わりが深い岡山県などで演奏する機会が多い。本作も瀧井氏が音楽芸術アドバイザーを務め、〈音楽の街〉をまちづくりの中核に据える山形県長井市で録音された。そんな街での録音だからか、川﨑の音楽への集中度がすさまじい。音楽文化的な観点はもちろん、地域振興的な観点からしても価値ある作品である。
LIVE INFORMATION
川﨑翔子ピアノリサイタル
2025年9月6日(土)東京・ティアラこうとう小ホール
2025年11月8日(土)岡山・岡山ルネスホール