
繊細なスタイルと息の合ったトリオが強みのピアニスト
去る4月、北川潔(ベース)とジョナサン・ブレイク(ドラムス)とのレギュラー・トリオで、ケニー・バロンが来日した。このトリオは不動のメンバーで20年以上活動しているが、同じ顔触れでこれほど長く活動を続けたグループの例は、ジャズの歴史においてもそう多くない。「長年一緒にやっていると、お互いの音楽性のことがよくわかってくるから、演奏していても会話が弾むんだ」
彼は同世代のハービー・ハンコックやキース・ジャレット、チック・コリアなどと比べると、よりオーソドックスでトラディショナルなスタイルの持ち主だ。上記のトリオにイマニュエル・ウィルキンスとスティーヴ・ネルソンをゲストに迎えた『ビヨンド・ジス・プレイス』(2024年)や、実に42年ぶりのソロ・ピアノ作品となる『ザ・ソース』(2022年)といった最近作でも、70~80年代の自身の曲やスタンダードを主に取り上げている。にもかかわらず、手垢の付いた音楽をやっている印象は全く無く、むしろとても新鮮な感覚を覚える。「自分の曲でも何年も演奏していなかったものもあるから、久しぶりに取り上げる時には新曲みたいなものなんだ。若いイマニュエルが新しい感覚をもたらしてくれるしね。自分の曲と他の人の曲の区別もない。12個の音を扱うことに変わりはないし、私としては最善を尽くして演奏するだけさ」
トミー・フラナガンやハンク・ジョーンズのタッチや叙情性に大きな影響を受けたケニーは、誰かに自分の素晴らしさを印象付けるのではなく、魅了することを心掛けているという。ごく当たり前のことのように思えるが、たとえばソロ・ピアノの演奏を聴くと、彼がそれぞれの瞬間に鳴っている複数の音の中のどれを、つまり、どのパートを際立たせたいのかが、押しつけがましくない形で明確に伝わってくる。彼の上品なスタイルの所以はそこにあるのだろう。
その繊細な感覚は、シンガーの伴奏者としての高い評価にもつながっており、次の作品もシンガーを迎えたものになるという。「自分の曲に友人が歌詞を付けてくれたものが40曲ぐらいあって、いろいろなシンガーと録音したいと思っていたら、マネージャーがその機会を作ってくれて、3週間ほど前にこのトリオと録音したんだ。ジーン・ベイラーやアン・ハンプトン・キャロウェイ、キャサリン・ラッセル、タイリーク・マクドール、カート・エリング、カヴィタ・シャー、イケップ・ンクウェレに参加してもらったよ」