近年アメリカ国内のヒスパニック系住民の増加にともなうように、NYのジャズ・シーンでも中南米出身者の活躍が目覚ましい。特にパット・メセニー・グループに抜擢されたアントニオ・サンチェス(メキシコ)や、SFジャズ・コレクティヴをはじめ様々なバンドで活躍するミゲル・ゼノン(プエルトリコ)、昨年若くしてECMデビューを果たしたダヴィド・ヴィレージェス(キューバ)は実力や将来性の点で常に動向が注目されているミュージシャンだ。そして今週、はじめて自身のバンドを率いて来日するファビアン・アルマザンもそこに加えるべきだろう。

アルマザンは1984年にキューバのハバナで生まれたピアニスト。幼い頃からクラシック・ピアノのレッスンを受けていたが、10歳の時に政治難民として家族とともにフロリダ州に亡命する。移住後、家庭に金銭的余裕がなくなりピアノのレッスンを断念せざるを得ない状況になるが、地元のピアノ教師に実力を認められ無償で3年以上ピアノの手ほどきを受ける。そのおかげで地元の芸術高校の試験をパスし、2003年にはNYのマンハッタン音楽院に進学。同大学でケニー・バロンジェイソン・モランに師事する。

彼が学生時代にジャズを習ったその2人のピアニストが、今日のジャズ・シーンにおいて重要な存在だということに疑いの余地はない。しかしピアノ奏者としてのアルマザンの根幹にあるのは、幼少の頃より習得してきたクラシックの対位法的な語法だろう。例えば彼の第1作『Personalities』の“The Vicarious Life”や“Russian Love Story”では左右の腕で対話的な旋律を繰り広げているが、このスタイルは現代ジャズ・ピアノの開拓者であるブラッド・メルドーを彷彿とさせる。アルマザンがメルドーに影響を受けているかは定かではないが、他にもニルス・ウェインホールド『Shapes』の1曲目“A Horse Is Still A Horse”、テレンス・ブランチャード『Magnetic』の最終曲“Time To Spare”などで、メルドーに勝るとも劣らない技術で独自の情景的なサウンドを創出している。

 

テレンス・ブランチャード・クインテットによるスタジオ・ライブ映像

アルマザンは2007年からテレンス・ブランチャード・グループに参加する。『Choices』と『Magnetic』では自身の楽曲を複数提供し、最年少ながら存在感のあるソロとコンピングを聴かせる(動画の曲もアルマザンが作曲)。後ほど解説するが、映画音楽作曲家としての彼も数々のフィルム・ミュージックを手掛けるブランチャードに影響を受けているはずだ。ちなみに『Choices』は架空の映画のサウンドトラックを思わせるブランチャードの集大成的な傑作。

 

だがここで強調したいのは、アルマザンが先人の語法をただ模倣しているのではなく、共通のアプローチを取っていてもしっかりと自身のサウンドに昇華している点である。例えばメルドーがまるで内なる自己と対話をするかのような内省的なサウンドなのに比べ、アルマザンはリズミカルな作編曲や、パーカッション的な解釈をするドラマーのヘンリー・コールの存在もあいまって、より開放的で絵画的なサウンドが特徴だ。アルマザンは〈All About Jazz〉のインタビューで「自分は〈音楽や芸術の世界〉と〈自然の世界〉という2つの領域に属していると感じる」とのべているが、確かに彼の作品は〈南国の世界で自然の恵みと試練を受けながら生きる人々を音で活写した〉と言われても大げさにならない強力な映像喚起力がある。

 

ファビアン・アルマザン・トリオによるパフォーマンス映像

軽快な右手の旋律とそれに深みを与える左手の対旋律が印象的なイントロから、鬼気迫るトリオ演奏へ。現代ジャズ・ピアノの最新の語法を受け継ぐ、アルマザンの代表的な演奏だ。なおベースのリンダ・オーはアルマザン・トリオのレギュラー・メンバーで、力強く活き活きとしたタッチが魅力のファースト・コールな女性ミュージシャン。

 

こうした標題音楽的なサウンドを可能にしているのは、ピアニストとしての腕前もさることながら、映画音楽作曲家としてのキャリアと音楽院時代にクラシックの管弦楽法のコースも取得した経歴によるところが大きい。アルマザンは先ほどと同じインタビューで「映画音楽には想像しうるあらゆるジャンルの音楽が含まれているから、スタイルから開放されるんだ」といっているが、このようなフィルム・ミュージック的な手法はサウンド・エフェクトやアヴァンギャルド・ジャズ的なアプローチを混ぜながらも、全体としては美しく聴かせてしまうショスタコーヴィチ作の“3. Adagio”(アルマザンの1作目『Personalities』収録)やウェイン・ショーター作の“The Elders”(同じく2作目『Rhizome』収録)で顕著だ。

 

ファビアン・アルマザンの2014年作『Rhizome』収録曲“The Elders”

『Rhizome』ではウェザー・リポート『Mr. Gone』からウェイン・ショーターの楽曲を取り上げている。ジョー・ザヴィヌルのキーボードをストリングスに、ジャコ・パストリアスのベースをハンドクラップに置きかえている点に注目だ。

 

また学生時代にみっちりと学んだ管弦楽法も、アルマザンの1作目『Personalities』ではピアノ・トリオとストリング・カルテットのアンサンブルとして2曲に導入されている(その2曲ともをアルバムの冒頭に持ってきたのは、自分をオーセンティックなジャズ・ピアノ奏者として認識してほしくなかったからだろう)。続く2作目の『Rhizome』はこの2曲をまるまるアルバム1枚分に展開した傑作。この作品ではピアニストとしての自分すらパレットの1色として扱い、ピアノ・トリオ、ストリングス、ボーカルの完璧な調和に成功させている。

 

ファビアン・アルマゾン"Sol Del Mar"のパフォーマンス映像

2作目『Rhizome』のフルメンバーによるコンサートで、これはアルバムのエンディングの曲。新世代ボーカリスト、カミラ・メサの存在がひときわ印象深い。なおアルバム・タイトルの「リゾーム(根茎)」とは、地域や思想、経済によって一見分断されていると思われる人々が、実は水面下で何らかのかたちで繋がっているということを暗示的に示したもの。2012年にジミー・グリーンの愛娘も犠牲になった銃乱射事件をきっかけに制作された。

 

そんなアルマザンが、1作目以来のレギュラー・メンバー、リンダ・オーとヘンリー・コールと共に今週末日本にやってくる。以前よりテレンス・ブランチャードやケンドリック・スコットのバンドで来日しているが、自身のピアノ・トリオによるツアーは今回が初。もしあなたがジャズ・クラブに食事のBGMではなく特別な「体験」を求めているのなら、彼らの公演がそれである。

 

ツアー・スケジュール

メンバー
ファビアン・アルマザン(ピアノ)
リンダ・オー(ベース)
ヘンリー・コール(ドラム)

3月6日(金) 静岡市 ライフタイム
3月7日(土) 南青山 ボディ&ソウル
3月8日(日) 武蔵野市 スイングホール(with ストリング・カルテット)
3月9日(月) 京都市 ル・クラブジャズ
3月12日(木) 名古屋市 スターアイズ
3月13日(金) 町田市 INTO THE BLUE
3月14日(土) 新宿 ピットイン
3月15日(日) 紀の川市 粉河ふるさとセンター(with 原朋直