ホルスト、エルガーの信頼篤く、ドイツ音楽にも精通したイギリスの大指揮者の遺産

 ホルストの名曲“惑星”の初演者、エルガーの交響曲第2番再演で作品の真価を知らしめ、ヴォーン・ウィリアムズの交響曲初演を数多く手がけた名指揮者エイドリアン・ボールト(1889~1983)。彼は背が高く、痩身で、立派な髭をたくわえた典型的なイギリス紳士で、長い指揮棒を用いた優美なゼスチャーでオーケストラを巧みに統率し、悠然とした歩みの中にロマンティックな情熱を感じさせる音楽で聴衆を魅了した。その録音歴も長く、ラッパ吹込み時代の1920年に始まり、ステレオ時代まで半世紀以上に及んだが、このBOXでは1920年から57年までのモノラル時代の録音を初めて集大成している。

SIR ADRIAN BOULT 『HMV、パイ・ニクサ、パーロフォン - モノラル録音全集 1920-1957』 Warner Classics(2025)

 最初の録音(CD 1)がトマジーニとレスピーギのバレエ音楽というのは少し意外だが、これはボールトがディアギレフ主宰の伝説的バレエ団〈バレエ・リュス〉の指揮者を務めていたためで、当時の〈バレエ・リュス〉とそのレパートリーの人気を物語るものといえるだろう。また、彼の弾力に満ちたリズム感は、バレエ音楽ばかりでなく、シューベルトの交響曲第9番(CD 5、27に2種収録)のような長大な作品を、一貫した脈動の中でキリリと引き締める手腕に発揮された。もちろん、彼が作品の認知に重要な役割を果たしたホルスト“惑星”(CD 13)、エルガーの交響曲第2番(CD 10)、ヴォーン・ウィリアムズの同第6番(CD 15)の世界遺産級の価値をもつ先駆的な録音も収録されている。

 一方、ボールトは若き日にライプツィヒに留学し、ブラームスと深い信頼関係で結ばれていた大指揮者ニキシュに学んでいる。その意味でブラームスの交響曲全集(CD22~25)、ピアノ協奏曲第1番(CD 3)、同第2番(CD 6)の価値も計り知れない。ハイドンの主題による変奏曲(CD 25)の終曲での、コクのある味わい深い響きなど、ブラームスの時代と我々を直接結びつけてくれるようだ。ポピュラーな序曲や行進曲も多数収録され、復刻音も各年代のベストで、クラシック好きならば誰でも楽しめるBOXだ。