多才なヴァイオリニストの多彩な〈物語〉

 ヴァイオリニストの廣津留すみれが9月24日、自身のレーベル〈HATCH MUSIC〉から新アルバム『11 STORIES』を発表する。幼少時から好きだったクライスラーやイザイ、サラサーテなどを軸にした、心が安らぐ小品名曲集である。大分県の高校から名門ハーバード大学、ジュリアード音楽院に進んだ多才なヴァイオリニストは、新アルバムで多彩な〈物語〉を見せてくれるだろう。

廣津留すみれ, 河野紘子 『11 STORIES』 HATCH MUSIC(2025)

 今回のアルバムは廣津留の個人レーベルから発表する初めてのアルバムとなる。レーベル名の〈HATCH〉は、〈孵化〉の意味で、新たな世界に羽ばたき、成長したいという意味を込めた。

 「今までずっと親しんできたクラシックの曲をポートフォリオ的にまとめたいと思い、小さい頃から好きだったクライスラーを中心に曲目を組みました。過去に多数共演し、信頼しているピアノの河野紘子さんと録音しました」

 タイトルの『11 STORIES』は、廣津留自身の記憶に鮮明に残る印象深い11曲が〈物語〉のように連なることを意味する。

 「小学校の文化祭で弾いたのが、クライスラーの“前奏曲とアレグロ”でした。皆に受ける曲は全く考えませんでした。大分の公立小学校でしたが、クラシックに縁がない女の子に〈全然分からないけど感動した〉と言ってもらい、すごく嬉しかったのを覚えています」

 大分県立上野丘高校時代に米国のカーネギー・ホールで演奏した楽曲もアルバムに収録した。

 「イザイの無伴奏ヴァイオリンソナタ第3番“バラード”、サラサーテ“ツィゴイネルワイゼン”、バルトーク“ルーマニア民俗舞曲”の3曲をアメリカで弾きました。初めての海外で英語もあまりしゃべれませんでしたが、この時海外もそんなに遠くないと感じました」

 本格的なソロのレコーディングアルバムは初めてだ。

 「今までアルゼンチンタンゴのアンサンブルなどを録音したことはありますが、こんなに一小節ごとに頭を使いながら録音し、真剣に自分の音に向き合った経験は初めてでした。この経験は今後の活動に繋がると思います」

 ヴァイオリンを始めたのは2歳の終わりごろ。廣津留は〈はいはい〉を始めるのが早く、音楽好きの両親はリズム感があると考え、ヴァイオリンを買い与えたという。

 「親の友達に演奏を見せ、お辞儀して〈すごいね!〉と言ってもらえるのが嬉しかったです。大分の音楽教室の発表会に出て、ピアノとヴァイオリンの曲を両方弾くことも楽しかったです。本番が好きでした」

 ハーバード大卒、ジュリアード音楽院修了という多才な廣津留の異色の経歴は有名で、メディア出演も多い。

 「小中高とコンクールにも出場し、今後も音楽をやりたいと思う一方、学業をしっかりやるから音楽をやる権利があると思っていました。学業と音楽を両立するクセがついていたのはよかったです。高2でアメリカに行ったとき、演劇などをやりながら学業も一生懸命頑張る人がハーバードにはたくさんいて、魅力的だと感じました」

 ハーバード大学に入り、人生が変わる体験をした。世界的なチェリスト、ヨーヨー・マとの出会いだ。

 「ジュリアード音楽院に進んだのはヨーヨー・マさんとの共演が大きかったです。ヴァイオリンはただ上手く弾くだけでなく、伝えることだと実感し、アメリカの地でもっと勉強したいと思いました。これからは音楽でメッセージを伝えるフェーズに行くのよ、という導きだったのかもしれません」

 世界のエリートと共に勉学に励む環境の中、ヴァイオリン以外の道に行こうと思ったことはなかったのか。

 「普通にフルタイムの仕事に就くと思っていました。ハーバードであれば、コンサルや金融などのキャリアパスがあると。ヴァイオリニストになるとは思っていなかったです。ですが、両親は好きなことをやればいいというスタンスで、友人たちもアメリカで音楽学校に行くのも悪くないと言ってくれました。ハーバードではジュリアードに行くのも自然でした」

 今後は現代の作曲家による作品に積極的にチャレンジする目標がある。

 「今回のアルバムはクラシック作品ですが、これからは今を生きている作曲家の曲もどんどん演奏したいです。日本ではポストクラシカルの演奏を聴く雰囲気がまだ薄いので、日本でそうした曲を紹介したい。ニューヨーク界隈のミュージシャンは、皆さんに知られていない曲で個の魅力を出している人多いです。私にとってはタンゴがライフワークのような形ですが、クラシックでも自分に合うようないい曲を探したいです」

 


廣津留すみれ(Sumire Hirotsuru)
大分市出身。12歳で九州交響楽団と共演、高校在学中にNYのカーネギー・ホールにてソロデビュー。ハーバード大学在学中に世界的チェリスト、ヨーヨー・マ氏との度々の共演を経て、米国を拠点に演奏活動を展開。近年はソリストとしてデンマーク国立フィルの日本ツアーへの出演のほか、全国でリサイタルツアーを開催。

 


EVENT INFORMATION
ミニライブ&トーク&サイン会

2025年10月10日(金)タワーレコード渋谷店 8F
開演:19:00
https://towershibuya.jp/2025/08/24/218168

 

LIVE INFORMATION
CDリリース記念リサイタル

2025年10月26日(日)福岡・八女おりなすホール
2025年11月8日(土)・9日(日)長野・八ヶ岳高原音楽堂

■共演
J. P. ホフレ(バンドネオン) ほか

https://sumirehirotsuru.com/