都会の恋や感傷を上質なポップスに映してきたシンガー・ソングライターが新章に突入! ニュー・アルバム『Long Story Short』に込めた曲作りの美学を手短に言うと……

 ピアノ・トリオによる『体温、鼓動』、固定のバンドで作り上げた『果てしないこと』と、〈初モノ〉づくしのアルバムで盛り立てた2022年のデビュー30周年イヤーを経て、新章へと踏み出した古内東子。約2年半ぶりとなるニュー・アルバム『Long Story Short』の方向性を決めるきっかけとなったのは、〈Reunion〉と銘打って2024年9月に開催したライヴ。それは『Hourglass』(96年)、『恋』(97年)、『魔法の手』(98年)といったアルバムに参加していたプレイヤーと共に、当時の楽曲でセットを組んだものだった。

 「ピアノを弾いてくださった中西康晴さんとは、すごく久しぶりにライヴでやらせていただいて胸アツだったので、次のアルバムを作るときはまた弾いてもらいたいなって思ったんです。それからベースの小松秀行さん。当時からアレンジしてくれてたので、小松さんにも声をかけたいなって」。

古内東子 『Long Story Short』 ALDELIGHT(2025)

 〈Reunion〉で取り上げたのは、クロスオーヴァーなサウンドと〈恋愛〉をテーマにしたセンチメンタルなリリックという、シンガー・ソングライター古内東子の世界観を世に広めていった、いわゆるブレイク期の作品。そういった意味で今作は、彼女の原点に立ち帰ったという見方もできるが、それ以上に制作過程に胸を躍らせている彼女の様子がアルバム全体から窺える。

 「まずドラムの音を新調して、〈うわっ、なんかすごくイイ音、カッコいい!〉ってウキウキしながら、コードを浮かべていって……みたいなデモの作り方をしたんですけど、最初に出来たのが1曲目の“ラジオ”。最初はバラードじゃなく、こういうノリのよい曲から出来上がっていくんです……。最終的にはやっぱりこういうのが好きなんだな、楽しいなっていうところに行けたかなと思います」。

 〈ノッている〉ということで言えば、先行配信された“満月のせいにして”も象徴的。畳みかけるリフレインもさることながら、聴き手の心を逸らせるような魔法がある。

 「“ラジオ”にもそういうところがあるんですけど、私にしてはどっぷりと恋愛の歌じゃないんですよね。なんか、世の中のみんながすごくがんばってるなっていうのを日々感じることが多くて、それはやっぱり重ねてきた年齢もあるし、30年前といまとでは世の中もずいぶん違って、みんな一所懸命生きているのをひしひしと感じていて。決してネガティヴな意味ばかりじゃないんですけど、そんな意識が作らせた曲です。私にとっては新境地っぽい曲だと思うし、直接的ではないけど私なりのエール・ソング」。

 ミディアム・ナンバー“思い出のカケラ”、ピアノ・バラードからバンド・アンサンブルによる叙情的な世界へと風景を広げていく“雪解け”、アフター・サマー感特有のメロウネスを湛えた“夏の果て”、ライト・ファンクな“予感”、〈コーヒーを我慢した日は一日がまるで締まらない〉とユーモアを含んだ洒脱なナンバー“No Coffee Day”――バンドが醸し出すグルーヴと、情感豊かな言葉とメロディー、香り立つ歌声、それらに含まれている高い密度のパッションで心地よく揺さぶってくれる楽曲群。タイトルは現在の古内東子の魅力を〈Long Story Short=手短に〉表した、そんなふうにも感じてもらえるだろう。

 「タイトルが決まって、そこから曲作りを始めていったんです。だから表題曲はあとから出てきたもの。〈Long Story Short〉という言葉は、ちゃんと言うと長くなっちゃうけど短く伝えるとね……っていうときに使うフレーズなんですけど、曲作りというのは、恋愛だったらいろんな感情や時間が積み重なっているものを一曲にしていくわけじゃないですか。限られた言葉でギュッと凝縮させているっていう、そのこと自体も〈Long Story Short〉。もっと言いたいことがあるし、本当は長い話なんだけど、いろんな無駄を削ぎ落として一曲にする――そこに美学があるんです」。

古内東子の作品を一部紹介。
左から、2023年作『果てしないこと』、2022年作『体温、鼓動』(共にALDELIGHT) 、2018年作『After The Rain』(ユニバーサル)、98年作『魔法の手』(ソニー)