シンガーソングライター、古内東子がデビュー30周年を迎える。そのアニバーサリープロジェクトの第一弾として通算19枚目となるアルバム『体温、鼓動』がリリースされた。
前作『After The Rain』以来4年ぶりにして、新レーベル〈ALDELIGHT〉から初リリースとなるこのオリジナルアルバム、お祝い作品に相応しく豪華な面々が集っている点にも注目が注がれている。集ったのは、なんと全員がピアニスト。ラインナップは、中西康晴、河野伸、森俊之、草間信一、松本圭司、井上薫、と名だたる演奏家揃いで、いずれも古内と縁のある方々だ。そんな彼らが1曲ごとに代わる代わる登場しては彼女への祝福の気持ちを込めた熱演を披露しているのだから平凡な作品になるはずなどなく、驚くほど豊かな音世界が広がる作品に仕上がっているのである。
もちろん、30年の歩みを振り返りながら、どこまでも真摯に歌を紡いでいく主役のパフォーマンスも聴きもの。これまで共に歩んできた人たちへの感謝が随所に滲む歌声は、彼女の音楽との付き合いが長い人ほど、特別な感情を抱いてしまうことは必至だ。
インタビューは、コロナ禍が続いたこの2年間を振り返ってもらうことから始めた。
この空気久しぶりだな、伝わってくるものが違う
――コロナ禍以降の古内さんの音楽活動は、どのようなものだったのでしょうか?
「2021年の春ぐらいからライブを実施できるようになったんですが、お客さんの数は半分。これまでとは異なる状況が続くけど、ひるんではいけない。そんな思いで音楽をやっていました。
でも、徐々に会場でお酒を飲んでらっしゃるお客さんが増えてきて、それを観たときはすごく嬉しかったですね。この空気久しぶりだな、って。ホントに伝わってくるものが違うんですよね」
――そうですよね。どうなんでしょう、このコロナ禍のムードって今回の作品制作において影響があったと感じます?
「それほど意識はしてないですけど、皆さんと同じようにコロナ禍のなかで生活していたので、知らないうちに変化していた部分がもしかしたらあるかもしれない。こういうことを経験したから取り入れよう、と直接的なものはなく」
音楽を分かち合ってきた6人のピアニストへの〈当て書き〉
――では、アルバム作りの出発点について教えてください。
「これまでを振り返ってみて、楽器を弾いてくださる方とのコラボからたくさんの刺激と影響を受けてきた、そんな30年だったと思う。
特にピアニストからさまざまなこと助けてもらったって気持ちはすごく大きい。そもそも私にとってピアノはいちばん身近な存在。ということから、ピアノをフィーチャーしたアルバムにしようという発想におのずと向かったわけです。やるならば、いろんなピアニストを呼びたい。ただ新曲は書きたい。だったら皆さんに弾いてもらうことを前提とした楽曲を作ろうと」
――どの曲も当て書きだったわけですね。アルバムを聴いた印象は、すごく人間味あふれる作品になっているというか、ハートウォーミングな感触がとても強い。それって、レコーディング中にピアニストの方々との間に流れていた空気が反映してるんでしょうね。
「6名のピアニストは、プロデュースしていただいたり、ツアーでサポートしていただいたり、また現在いっしょにやっている人など、それぞれの場面で音楽を分かち合ってきた人たち。皆さんがいたから、私はここまで歩んでこられたって気持ちもあります。
今回はそれぞれに、こういうアルバムを作りたいのですが参加してもらえませんか?って自分でファーストコンタクトを取ることからスタートしたんですね。反応はまちまちで、僕でよければ、って方もいれば、え~並べられるの嫌だなぁ、って言われる方もいたりしましたけど(笑)」
――ハハハ。
「作業は、デモテープをLINEでやり取りしながら詰めていきました。歌詞が出来たから見てもらい、イメージを作ってもらったりしつつ曲を完成させ、満を持してレコーディングに臨んだんです」
――だいぶ肩が温まった状態でレコーディングに入れたんですね。そういうスタイルの制作方法ってこれまでにやったことは?
「ほとんどないですね。まずいちからオファーしてっていうのが初。まぁ、30周年なんで、って言えば誰も断ることはできなかったと思うんですけど(笑)。でも皆さん、結果的に快く引き受けてくださいました。
で、2日間でレコーディングを行ったんですが、皆さん同じピアノを使って、録ったんです」
――おぉ、それは大きなポイントですね。
「これまで彼らのいろんな姿を見てきましたが、これまでになく漲るものがあるように見えたんですよね。いろんなやりとりを重ねてやっとこの日が来た、というのもあっただろうし、一流のプレイヤーたちが横一列で並べられる、というのも影響していただろうし(笑)。で、スタジオでは入れ替わりの際にちょっと会うわけです。そのとき、私がどんな曲をこの人に書いたんだろう?と皆さん気になったと思うんですよね」