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古楽の名手・酒井淳、音楽人生のすべてを注いだバッハ“無伴奏チェロ組曲”

 フランス在住のチェロ・ヴィオール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)奏者である酒井淳が、初のソロアルバム『J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲(全曲)BWV1007-1012』を発表した。チェロ奏者にとって最高峰といえる同曲の全曲録音は、古楽の名手が音楽人生のすべてを注ぎこんだ渾身の作品だ。作品に込めた思いを聞いた。酒井はフランスの古楽界を中心に欧州で幅広く活動するチェロ・ガンバ奏者だが、今作は意外にも初のチェロによるソロアルバムである。「バッハの無伴奏は、特にバロック・チェロ奏者にとってのライフワークです。私の音楽人生ではガンバの録音、チェロは即興演奏中心のジャズ系録音はありますが、クラシックはありませんでした。今回レーベルから話があり、近年は年齢や人生経験を重ねてきた実感もあったので、やれるうちにやろう、またとないチャンスだと思いました」

酒井淳 『J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲(全曲)BWV1007-1012』 ACOUSTIC REVIVE(2025)

 数々のチェロ奏者が競って録音してきた偉大な作品に対し、酒井はヴィオール音楽の奏者・指揮者・作曲家としての経験、フランスでのフリージャズ活動など多彩かつ異色の音楽経験を生かして録音しようと考えた。意識したのが「自然体で演奏する」ことだった。「1~6番は毎日1回ずつ通しで計5日間録音し、ここから1つを選びました。細部にこだわりすぎずに完璧を求めず、音楽がどう流れるか、どう最後までたどり着くかを重視し、自宅の隣町にある教会で、近所の人や知り合いがいるアットホームな雰囲気で録音しました」

 バッハの無伴奏組曲を弾くことは「自分をさらけ出すこと」だという。「自分の音楽人生を踏まえ、バッハに対する思い、バッハの宇宙観、小宇宙をどれだけ伝えられるかが重要です。無伴奏はバッハが1本の旋律楽器でどうやって和音楽器のような広がりが表現できるのか、全部試した上で音楽が成り立っています。(十二音技法を生み出した)シェーンベルクが登場する前の音楽は全部バッハの和声が基本にあります」

 無伴奏チェロ組曲は、6曲それぞれが様々な物語を映し出す。「無伴奏組曲はバッハの名前のように〈小さい川〉を流れるように始まり、2番で人生の苦悩をうたい、3番では海のような広がるスケールを感じさせ、5番では自分の感情より宇宙の神秘、ミステリアスな要素を表現し、6番は精神の高みに向かいます。最後まで通すと人生の物語のように感じられます」

 今回の無伴奏組曲への挑戦が、酒井の今後の音楽活動に大きな影響を与えることは間違いないだろう。