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観客の熱が冷めない、ハードコアシーンでも戦える曲

──だからこそ、自力で道を切り拓くしかないと。ワーキングホリデーもまさにそうですよね。移住されたニュージーランドは、どんな環境だったんですか?

「ニュージーランドに行ったのは、海外で仕事をしてみたいというのも大きくて。就労ビザじゃないと海外で働くのは難しいので、ワーキングホリデービザで一回、海外で働くのに挑戦しようと。拠点の候補も増えるし、今後の音楽活動も可能性が広がるかなと。

それで、とある場所で働いたんですけど、すごく悔しいことがあったんですよ。同僚に〈音楽やってるの?〉って訊かれて、〈うん、でも音楽で食べていけてない〉って話したら、〈ということは、それは趣味なんだ?〉って言われて。あぁ、海外でもそう見られるんだな、って。稼げてないと、そういうふうに扱われるのがめっちゃ悔しかった。それでSXSWに応募しようって思ったんです」

──見返してやりたいと。ニュージーランドでは音楽活動はやってたんですか?

「そもそもパンクスのカップルの家に居候してたので、その経由でハードコアシーンのライブイベントに繋がることができて、ライブをやるようになりました。いきなりハードコア勢のライブに出ることになって、しかもトリで(笑)。ソロの曲なので激しいサウンドでもなくて、よくわかんない空気になっちゃった。

そこから、間延びしない曲や、BPMが速い曲が欲しいなと思うようになったんですよ。それで(No Busesの)近藤(大彗)くんに連絡しました。〈曲作りたいです、BPM速めで!〉って。オーディエンスの熱が冷めない曲調を作ろう、と思い立って作りましたね」

──それが“SAI IS KING”ですね。

「そう。ちょうど先日、オーストラリアのレーベル、ガーデン・シーツからレコード化もされました。結局それ以降もライブではバンド系と共演することが多いので、ああいう曲はいいですね。ハードコアシーンでも戦える曲を作ろう、という感覚は今のモードとしてあります。

それで、ニュージーランドに行った後もけっこう色んな国を転々としてて。オーストラリアでライブやって、スペインでライブやって。ドイツのベルリンにも行って、コアテックスというハードコアパンクのレーベルとコラボしたり」

 

SXSWに出させてくれ!

──SXSWは、正面から応募したんですか? レーベルやエージェンシーを通したルートとか、いくつかの道がありますよね。

「そういうのは一切使ってなくて、公式から〈出させてくれ!〉って音源を送った(笑)。SXSWは〈選ばれた〉と言うとカッコいいからインタビューで正直に答えるのは悩みましたが(笑)、私は応募しました。

ただ、一発で出られたわけじゃなくて、最終選考までいったけど出演できるかどうかわからなかったんですよ。応募して、〈3週間前ぐらいに本当の合否がわかります〉って連絡が来て。その時ニュージーランドにいたし、そんな直前にチケット取るとバカ高くなるじゃないですか。だから連絡が来た時点で、もうアメリカのチケットと宿を取っちゃって。もしSXSWに出られなかったとしても、自分で何かライブをブッキングしよう!っていう意気込みで」

──凄すぎる、あまりにもDIYですね(笑)。常にアティチュードが一貫している。

「いつもそんな感じ(笑)。SXSWはノリが良くてフロアも近くて、楽しかったですよ。他の人のライブを観るのも楽しかった。街全体を使ったサーキットで、朝から夜中まで、ずっと同時開催でライブがある感じです。

現地でも、セッションできたらいいなって思ってマリリン・マンソンにもDM送ったんです。身の程知らずだと思いつつ、とりあえず送ってみよう、って」

──SAIさんとマリリン・マンソンのセッション!? 見てみたい(笑)!

「プリンセス・ノキアとかキャスリーン・ハンナにも〈今から行きます! サウスバイ出るんで!〉ってメッセージしました。中には返信が来た人もいたりして。アイヘイトゴッドのマイク(・ウィリアムズ)とかデイヴ・シーテックとか。マイクとはツアー中に長文のメールを送り合ってて、会って曲を作る直前まで行ったんですが、彼もツアーが忙しくて難しかったですね。

あと、ホラー(Ho99o9)がモデルをやっているリチュアルズというアパレルブランドがあって、そこに〈モデルやらせてほしい!〉って打診して。〈面白いね〉って言ってもらえて、モデルもやりました」