常識、慣習、セオリー……世界を取り巻く〈こうすべき〉に抗いながら、彼女は歌う!! 『CRACK and FLAP』に刻まれた、殻を破って羽ばたくパンクな生き様とは?

キマりきらないバランス感

「一昨年から昨年はコロナ禍に制限があるなかでやったツアーの〈リベンジライブ〉が続いていて、〈前に進んでるようで進んでない〉みたいな感覚が続いていたんです。だから今回のアルバムは、〈ちゃんと前に進んでるぞ〉〈この道を進むぞ〉ってことを明確に示せる作品にできたらいいなと考えていました」。

 声優/俳優として数々の作品に出演しながら、昨秋は麻倉もも・雨宮天との女性声優ユニット=TrySailで10周年記念ツアーを完走した夏川椎菜。ソロでもシングルやEPを発表する一方で、先述のツアーも回ってきた彼女が、2年3か月ぶりのニュー・アルバム『CRACK and FLAP』をリリースする。2023年の前作『ケーブルサラダ』はバンド・サウンドへ振り切った作品だったが、本作ではその方向性をさらに邁進。エネルギッシュなステージが目に浮かぶ、ラウド&ポップな一枚となっている。

「今後の5〜6年をかけた目標へのアプローチを今作で明確に示したくて。例えば〈いつか武道館でやりたい〉ってことをヒヨコ群(夏川のファンの愛称)と私と夏川チームの共通の夢として掲げているので、掲げた以上、そこに向かって何もしないのはカッコ悪い。武道館に向けて夏川椎菜はどういう音楽やパフォーマンスをしたくて、どういう人たちに聴いてもらいたいのか、その道が見えるアルバムをめざしました。あとはその……世間的なとっつきやすさはもっとあったほうがいいのかなと。ヒヨコ群だけでなく、新しく夏川のことを知ってくれた人にも楽しんでもらえるような活動をしていこうと思ってるよ、っていうことも発信したい。だから今回はアートワークも奇を衒ってません。〈シンプル・イズ・ベスト〉っていうのが念頭にありました」。

夏川椎菜 『CRACK and FLAP』 MusicRay’n(2026)

 既発のシングルからの4曲に加え、本作は全10曲中の6曲が初出曲。前作後の最初のシングルで、ツアー中に「もっとゴリゴリな楽曲がほしい」と制作したオープナー “シャドウボクサー”に続くのは、山崎真吾が手掛けた抜けの良い疾走チューン“ミエナイテキ”だ。

「真吾さんの曲って、仮歌詞のワードチョイスがすごくおもしろくて、最初からこのままの歌詞だったんですよ。めちゃめちゃロックでカッコいい曲なのに、〈白目向いたままで現実を見ているんだ〉とか歌詞でずっこける。そういうキマりきらないバランス感って私がめちゃめちゃやりたいことで。バトルもののアニメで流れてそうな、真っ直ぐなロックってやってこなかったんですけど、最近はそういう歌でも自分の色が出せるようになったと思います。〈入り口になりえる曲〉という意味でも、いまの私に必要な楽曲だなって」。

 スパイ映画風のキッチュな歌謡ロック“ライクライフライム”を挟んでからは、賑々しいブラスが華やかさを添えるソウル・ポップ“メイビーベイビー”。夏川がかねてよりファンを公言していたShiggy Jr.の原田茂幸が贈ったナンバーだ。

 「昔に流行ったようなディスコのノリの良さを現代のロックと上手いこと掛け合わせて、いけもこ(池田智子)さんのお洒落な歌声がそこに乗っている……Shiggy Jr.を初めて聴いたときに〈これやりたい!〉って思ったんですよね。でも物真似レヴェルにしかならない気がして、ずっと原田さんにはお願いできなかったんです。ただ、いまなら音楽にのまれず、ちゃんとコラボレーションできるタイミングかなと思ったので、今回お声掛けさせていただきました」。

 

優等生は脱いでいけ!

 そこから一転、ダウナーなポエトリーを乗せたダンス・ロック“コバンザメの憂鬱”は作曲を田淵智也、編曲を川口圭太、作詞を本人が手掛けたもの。反骨精神満載の〈コバンザメ〉の奮闘がブラック・コメディーの如く描かれている。

 「田淵さんのトリッキーなメロディーに対して編曲で日和りたくない、全力で挑みたいって気持ちがあったし、圭太さんならさらに変なことをしてくれるだろうなって。歌詞はここ数か月の間に考えたことを反映させたものです。10代の子にも夏川の音楽を知ってもらえるよう最近TikTokを始めて、ダンスの真似っこだったりをがんばってやってるんですけど、SNSから逃げてきた人生だったので全然向いてない(笑)。でも、ここで闘志を見せないと世界が開いていかないからやるしかない、だけどやっぱり憂鬱ではあるっていうギャップを吐き出さずにはいられず(笑)、その場としてこの曲はとんでもなくピッタリでした。でも、叶えたい夢に向かってこういう葛藤を抱えながらがんばってる人って、たくさんいるんじゃないかな」。

 ロブ・ゾンビの夏川版とでも言うべき“労働奉音”から雪崩れ込むのは長谷川大介(Aqua Timez)製の “Silhouette”。挑発的なヘヴィネスで迫るサウンドに夏川が当てた言葉は……体重計に乗る恐怖だ。

 「映画かよ、みたいに不穏なイントロからむちゃくちゃヘヴィーな曲で、超カッコいいね!となりました。でも、そのままの方向性で歌うのもおもしろみがないってことで、考えた結果がこれ(笑)。ダイエット・プランのところとか、洋楽歌手のつもりでかなりカッコつけて歌ってます(笑)」。

 〈引き〉の視点で新たな表現に挑戦した“「 later 」”からバトンを受け取るのは、今回が初顔合わせとなるレイラが提供したウィーザー風のオルタナ・チューン“As You Know”と、浅利進吾 × 川崎智哉という常連組によるファニーなメタルコア“SCORE CRACKER”。とことん硬派に、そしてキャッチーにエンディングまで駆け抜けていく。

 「私の音楽ディレクターがラジオで聴いて、教えてくれたことがレイラとの出会い。あのオルタナ感が好きなので、基本的にはお任せでした。演奏もレイラさんなんですけど、有明さんの仮歌が本当にカッコよくて、ブレスの位置とかニュアンスを参考にさせてもらいました。“SCORE CRACKER”は最初もっと電子音が多めで、どちらかいうと電波ソングに近い雰囲気だったんですけど、メロディーがすごく良くて。表題曲に選んだ段階で、他の曲と馴染むラウドな方向へ変えていった感じです。この曲を聴けば『CRACK and FLAP』に込めた意味がわかるんじゃないかな。いちばん最後の〈優等生を脱いでいけ!〉って言葉を言いたかったから今作を作ったように思います」。

 “シャドウボクサー”から始まった『CRACK and FLAP』までの道程。同曲には〈世界の引く 縦線 横線 は殴っちゃえ!〉というフレーズがあるが、それはつまり“SCORE CRACKER”における〈優等生を脱いでいく〉ということ。夏川が2年3か月にわたって伝えてきたメッセージが一本筋の通っているものだったことを示す――『CRACK and FLAP』とはそんなアルバムだ。

 「“シャドウボクサー”を作ってライヴで歌い切ったとき、〈これは誰かの真似だったり、焼き増しだったりじゃない。夏川椎菜にしか歌えない歌詞だし、曲だし、できないパフォーマンスだ〉っていう実感を得ることができたんです。今回のアルバムで言うと“シャドウボクサー”と“SCORE CRACKER”がやっぱりコアで、何かの壁だったり、困難みたいなものにぶつかったときに、正統派で真っ直ぐぶつかるのもいいけど、回り道したっていいし、その解決方法のおもしろさを楽しんでもいい。いろんな殻の破り方と羽ばたき方があるよねってことを伝えたい――このアルバム『CRACK and FLAP』の制作中に常にあったのはそういう想いでした。〈これが自分のやりたいこと、この先の展開へと繋がっていく音楽なんだ〉と確認できたのは大きかったです」。 *土田真弓

夏川椎菜のEPやシングルを一部紹介。
左から、2025年のEP『Ep04』、2024年の“「 later 」”“シャドウボクサー”(すべてMusicRay'n)

夏川椎菜のアルバム。
左から、2023年作『ケーブルサラダ』、2022年作『コンポジット』、2019年作『ログライン』(すべてMusicRay'n)

『CRACK and FLAP』に参加したアーティストの作品。
左から、田淵智也の2025年作『田淵智也』(トイズファクトリー)、Aqua Timezの2025年作『海いっぱいに降りしきる星』(エピック)、レイラの2024年のEP『つづく』(レイラ)

夏川椎菜の作品や参加作を一部紹介。
左から、2025年のライヴ映像作品「Revenge Live “re-2nd”」(MusicRay'n)、TrySailのベスト盤『BestSail』(SACRA MUSIC)、メインキャストを務めた2025年のアニメ「卓球少女 -閃光のかなたへ-」(アニプレックス)

 

彼女のコメントと紹介する、『CRACK and FLAP』と夏川に影響を与えた6枚!!

SUM41 『Underclass Hero』 Island(2007)

2025年に解散したカナダ発パンク・バンドによる4作目は、夏川いわく「こういうメロコアやりたいね!と言って参考にしたアルバム」そう。畳み掛けるメロディーに焚き付けられる“Walking Disaster”から、静と動のコントラストが美しい“Speak Of The Devil”まで楽曲の幅の広さは、『CRACK and FLAP』のダイナミズムに重なるかも!

 

BLINK-182 『Greatest Hits』 Geffen(2005)

「おバカも全力だとなんかかっこいい」と夏川が綴ったように、男子高校生的な下品ささえ超キラキラと輝かせてきた米メロディック・パンクの雄が、大ブレイクへと至った初期の軌跡をまとめたベスト盤。彼女が特に好きだという“First Date”は、下ネタを入れずに、初デートのぎこちない思い出を甘酸っぱく映し出しています!

 

MÅNESKIN 『RUSH!』 Epic/ソニー(2023)

世界を席巻し、日本でも絶大的な支持を得ているイタリアン・ロック・バンドの3作目を、夏川は「ソウルフルでめちゃめちゃかっちょいいですよね!」と絶賛。『CRACK and FLAP』にて特に参考にしたのは、鬼才ギタリストのトム・モレロが参加した“GOSSIP”だそうですが、メタル × ダンスな“シャドウボクサー”あたりにそのニュアンスが!?

 

Shiggy Jr. 『ALL ABOUT POP』 ユニバーサル(2016)

夏川にとって〈大好きなバンド!〉である4人組のファースト・フル・アルバム。今回『CRACK and FLAP』に“メイビーベイビー”を提供したメンバーの原田茂幸は、ソングライター/プロデューサーとして多方面で活躍中。バンド自体も2024年の再集結後はコンスタントに活動しているので、そろそろ新作パッケージも出してほしい!

 

MIKA 『Life In Cartoon Motion』 Casablanca(2007)

夏川にとって「ポップでアツくて大好きなアーティスト!」である英シンガー・ソングライターの初作。ディスコやミュージカル、クラシックなどさまざまな音を変幻自在の表現力で歌いこなすところは、声優アーティストの振る舞いと遠くないかも。過去に宇多田ヒカルや椎名林檎らと関わってきた彼だけに、いつか夏川との合流も期待!

 

CARAVAN PALACE 『<|°_°|>』 Café de La Danse(2015)

エレクトロ・スウィングを代表するフレンチ・バンドの3作目。夏川のお気に入りは“Lone Digger”で、昔からテンションを上げたいときによく聴いているそう。ロック色を全面に出した『CRACK and FLAP』以上に、サード・アルバム『ケーブルサラダ』の収録曲“I Can Bleah”などで、このラインへの志向性を感じられるのでは。 *田中亮太