素の声質を最大限に活かす楽曲を集めた4作目のEP!!

 麻倉もも、雨宮天、夏川椎菜から成る声優ユニット、TrySailも今年の5月でデビュー10周年。2月には最新シングル“そんな僕らの冒険譚!”を発表、3月には初の日本武道館2デイズ公演を開催するなど記念イヤーをトップスピードで走り続けているが、活発なソロ活動も並行しているのがこの3人のすごいところ。ということで、夏川椎菜が(ほぼ)毎年4月17日に行っている恒例のセルフ・プロデュース・イヴェント〈417の日〉にあわせて4枚目のEP『Ep04』を完成させた。何とも潔いタイトルだが、今回はテーマを限定せず、以前から温めていた楽曲を世に送り出すことに注力したのだという。

 「サード・アルバム『ケーブルサラダ』(2023年)のときにいろんなバランスから収録できなかった曲、それより前から出しどころを考えてホールドしていた曲。今回は〈そういう名曲たちをいまのうちにやっておきたい〉ってところから始まったEPなんです。だからコンセプトは特にないんですけど、いろんな歌い方を試してみたいっていうのはひとつありました。わりと初期……それこそセカンド・アルバム『コンポジット』(2022年)のときは〈バンド・サウンドに負けない低い声でガナって歌う〉みたいなのを重点的にやってて。それが当時やりたかったことでもあるんですけど、そこから時間が経って、〈自分のもともとの声質を最大限に活かせる歌って何だろう〉と考えたときに、今回のEPで言うと“つよがりマイペース”とか“かなわない”の方向性かなと思ったんですよね」。

夏川椎菜 『Ep04』 MusicRay'n(2025)

 元カラスは真っ白のやぎぬまかなが作詞・作曲を、めんまが編曲を手掛けた“つよがりマイペース”は、リズミカルなメロディーでポップに葛藤を伝えるやぎぬまらしいナンバー。夏川の歌唱もいつになくガーリーだ。

 「やぎぬまさんの曲の世界観がすごく好きで。リズムに対しての音のハメ方とか、メロも〈あ、そっち行くんだ〉みたいな意外性があっておもしろい。歌うとすっごい難しいんですけど、それを乗りこなしたうえでふわふわ可愛く聴こえるのがいいなって思うんです。今回の曲も歌に女の子らしさが出てるかなと思いますけど、そういう曲の場合は力まず素直に歌うと上手くいくことが多いので、可愛らしさを意識せず、いかに邪念なく歌えるかが勝負でした」。

 もう一曲、歌声からフェミニンなしなやかさが感じられるのはsympathyの柴田ゆうが作詞・作曲を担い、編曲には川口圭太(夏川のサポート・バンド、ヒヨコ労働組合のギタリスト)が名を連ねる“かなわない”。軽快な曲調だが、状況描写のみで浮かび上がる瑞々しい喪失感が聴き手の胸を締め付ける。

 「sympathyの曲は少女性を残したまま大人になったみたいな感じがヒリヒリするというか、切なくて。観たあとにいろいろ考えちゃう映画みたいな、メッセージ性の残る感じがすごく好きです。メンバーの皆さんには演奏もしてもらっていて、レコーディングのときには青春時代を追体験させてもらいました(笑)」。

 そして、夏川らしからぬ直球のタイトルに驚かされる、昂揚感に溢れたポップ・ロックが“スキ!!!!!”。作詞が本人、作・編曲が長谷川大介のペンによるものだが、普段の斜め上からの視点が回り回ってどストレートな言葉のリフレインに帰結しているという技アリの一曲だ。

 「曲がまっすぐだと暑苦しいことしか言えないような気がして、ずっと苦手意識があったんですよ。かといって、ここでも皮肉っぽくいくのは違うなと思ったので、もうお客さんの力を借りて、コール&レスポンスで盛り上がれる方向性でいこうと。それなら私も恥ずかしがらずに暑苦しいことも言えるんじゃないかと思って。根底にあるものはいつもと同じで、後悔するぐらいならバカみたいに〈好きだ〉って言ってみたらいいじゃないかってことなんですけど、言い方次第でこうなるんだなっていう。歌に関しては、レコーディングで参考に聴かせてもらったのがアメリカのバンドでした。元気でまっすぐなメロディーをちょっとダーティーに、クセ強く歌ってるような男性ヴォーカルだったんですけど、それを試行錯誤しながらやってみた結果、〈まっすぐな楽曲はまっすぐな声で歌う〉みたいな固定概念を崩すことができたかなと思います」。

 続いては、やはり作詞を夏川が、作・編曲はHAMA-kgnが担当した“グッドルーザー”。本作中でもっとも翳りのあるロック・チューンだ。

 「この曲は、それこそ初期の夏川がやってきた〈行き過ぎて腐った感じ〉が出てるかなと思います。そこに今回、歌詞の材料としてひとつ入れようと思ったのは〈アラサー〉。私はいま28歳で、もう30が見えているなかで感じる〈アラサーの光と影〉というか、この曲は〈影〉のほうですね。加齢のネガティヴな部分をおもしろおかしく皮肉っぽく表現してみたら……と思って書いた歌詞です。腓返りで飛び起きたらいつもよりちょっと早い時間だったとか、身近な絶望にフォーカスを当ててみたかったという(笑)」。

 そして、ラストは本作で唯一の書き下ろし曲となる“テノヒラ”。川口圭太による儚い煌めきを纏ったパワー・ポップに夏川が歌詞を当てている。

 「こっちはアラサーの〈光〉の部分ですね。〈多くを持っているほど幸せ〉だとか、〈キラキラ光ってるほど、綺麗であればあるほどいい〉みたいな価値観って子どもの頃から脈々と持ち続けているものなのかなって思うんですけど、25を過ぎたあたりで〈自分の幸せにそれは関係ないな〉ってことに気付いて。〈あなたが目を向けていなかっただけで大切なものはずっとそばにありましたよ〉、〈周りの人はずっとそう言ってましたよ〉――そういうことをいま改めて書いてみました。曲については、メロのパターンが少なくて、構成もシンプルで、それでいてオルタナティヴなことをポップにやってみようというのが見えるなって。兄さん(川口)からすごく良い曲をいただいてしまったなと思います。今回はバランスを考えずにただやりたいことを詰め込んだEPですけど、最後に“テノヒラ“があると大団円な雰囲気でまとめてくれますよね」。

 “テノヒラ”は映像作家のスミスによるMVも制作。シュールなフックが差し込まれながらも、日常から解き放ったイマジネーションが戻ってくる場所は、やはり手の届く範囲の日常だ。自己に対するそうした目の向け方こそ、本作の5曲に共通するものではないか。

 「“テノヒラ”のMVは『Ep04』を総括するようなものにしたくて。企画書には〈映像的しりとり〉と書いてありましたね。自転車に乗ってて出会うゾウがカフェのシーンで映ってる小物のなかにいたり、公園のシーンで後ろのほうに映ってる遊具とカフェのクッションの柄がどちらもタコだったり、ストーリーとまではいかないけどふんわりとした繋がりはあって、でもそれを紐解いたところで〈大きな意味はない〉みたいな。全部、本当に身近なものなんだけれども、観たあとに〈何を見たんだろう?〉みたいな感覚がある。でも、それでいいんだろうなって。個人的には歌詞と身近な風景が映ってるだけでもいいぐらい。『Ep04』って、そんな風景を巡っていくような作品じゃないかなって思うんです」。

夏川椎菜の近作。
左から、ライヴ映像作品「夏川椎菜 Revenge Live “re-2nd”」、2024年のシングル“「 later 」”“シャドウボクサー”(すべてMusicRay'n)

夏川椎菜の作品と参加作。
左から、2023年作『ケーブルサラダ』(MusicRay'n)、TrySailの2025年のシングル“そんな僕らの冒険譚!”(SACRA MUSIC)

sympathyの2018年のミニ・アルバム『泣きっ面に煙』(respond)