関係性に潜む歪さや切なさを描いたニュー・シングル!!

 謎解きと演劇とライヴを組み合わせた企画イヴェントの開催や、コロナ禍中に行ったツアーの制限なしヴァージョンによる再演〈re-2nd〉など、前シングルの“シャドウボクサー”以降も精力的な音楽活動を繰り広げてきた夏川椎菜。このたびのニュー・シングル“「 later 」”を耳にして気付くのは、彼女らしい痛快さとは距離を置いた詞世界の変化だ。

 「〈自分〉って数年の間でそんなに大きく変わるものでもないので、自分自身を表現することに限界を感じはじめて。それと、より多くの人に刺さるような音楽活動をしていきたいっていう気持ちが強まったこともあり、作詞だったら自分自身の考えを入れつつ外の視点も取り入れてみたり、いままで目を向けてなかったことをテーマにしてみたり。特に今回の“「 later 」”は、新しい領域に手を伸ばせた感覚がすごくあります」。

夏川椎菜 『「 later 」』 MusicRay’n(2024)

 これまでの楽曲を〈寄り〉とするなら、“「 later 」”は〈引き〉のアングル。別れの場面を俯瞰して見ながらも登場人物たちのすれ違いが生々しく伝わる、不思議なバランス感覚で成り立っている。

 「“「 later 」”は、〈人と人が関わるときってこういう瞬間が絶対にあるよね?〉ってところから書きはじめていて、私の立ち位置としては、そういう関係や瞬間をちょっと斜め上から皮肉っぽく見てるっていう。サビの最後の〈おたがい〉っていう言葉から〈2人の関係性〉という部分に目を向けて、そのなかにある〈不気味さ〉や〈気味の悪さ〉〈居心地の悪さ〉を膨らませていった結果、こういうストーリーが出来上がった感じです」。

 そんな物語をサウンド面から支えるのが、夏川作品の常連である山崎真吾だ。

 「山崎真吾さんと(カップリングを担当した)HAMA-kgnさんへ出したお題は、リリース日が10月30日ってところから〈ハロウィン〉。それと、〈恐ろしいとか不気味とか、そういう雰囲気の曲〉。でも結果的に、デモからアレンジを進めていくなかで2曲ともハロウィン感は一切なくなりましたね(笑)」。

 メルヘンチックなイントロから一転、スタジアム・ロック的なスケール感でドラマ性を増す“「 later 」”。やるせなく零れ落ちるエモーションが何とも切ない。

 「〈ハロウィン〉って話が出たときに私がリファレンスとして挙げたのが、事務所の先輩である豊崎愛生さんの“KARA-KURI DOLL”なんですね。私、この曲が昔からすごく好きで。ちょっと物悲しい曲だけど、歌詞はエモーショナルというか物語性があって、“「 later 」”のサウンドもそこを意識してもらってる部分があるのかなって思います」。

 胸が疼くようなこの曲の余韻。それは鉤括弧で括られたタイトルにも表れている。

 「曲のいちばん最後で〈おたがい〉と歌ったあとに登場人物はなんて言ってるかを想像して付けたので、セリフ感を出すためにも鉤括弧は絶対に入れたくて。〈later〉の意味合いに関しては、もう会わないだろうなって思いながらも〈じゃあね〉〈またね〉って軽く言っちゃうみたいな、そういうニュアンスも含まれてます。山崎真吾さんの英語が堪能なマネージャーさんから教えてもらいました」。

 “「 later 」”はMVもまた異色の仕上がりだ。廃墟の中を表情なく彷徨う夏川。その姿を無数の監視カメラが追いかける。

 「MVは〈どういう状況?〉って思わせる、じめっと嫌な感じが曲の世界観に合ってるなと。“「 later 」”は人が別れを決める瞬間を切り取っていて、〈later〉って言うまでの一瞬の間を過去の回想も入れながら表現したものなので、MVから〈動き〉や〈時間の流れ〉が感じられると違和感が出る。〈心の動きがない〉みたいなところを表現するのに定点観測っていう手法はすごくいいなあって思いました」。

 一方のカップリングは “ライクライフライム”。60年代歌謡のいなたさをスリリングに走らせた、キッチュなロック・チューンだ。

 「HAMA-kgnさんの楽曲はメロがちょっと歌謡曲っぽくなる瞬間があって、そこがすごく特徴的だし、私が好きな部分でもあって。ただ、覚えやすくてキャッチーなぶん、どんな言葉もわりとはまっちゃうので、作詞は逆に大変で。最終的には、普通に生きることが大成功とされる集団心理の気持ち悪さとか、〈ないない〉と言いつつ結果的には型にはめてる気味の悪さみたいなものを斜め上から皮肉ってる歌詞になりました。この曲も外に向けた発信を意識しているので、かなり大胆なことを言ってる自覚はあります(笑)。でも、極端なことを言っていくカッコ良さもあるんじゃないかなって。私のなかでは、この曲って〈海賊王に俺はなる!〉みたいな感じなんですよね。背景に〈ドーン!〉って描いてあるみたいなイメージ。あと、ちょっと厨二病っぽさもありますよね。後先考えずにデカイこと言ってみちゃうとか、とりあえず世界を批判してみちゃうとか(笑)。“ライクライフライム”は、そういう痛さが可愛く思えてくる感じの楽曲かもしれないです」。

 さまざまなアイデアの掛け合わせで完成した今回のシングル。最後に今後の展望を訊ねると、期待せずにはいられない答えが返ってきた。

 「〈re-2nd〉と同様に、コロナ禍のなかで開催した〈MAKEOVER〉ツアーのリヴェンジもしたいなと。あと私はミュージカルが好きなので、自分の音楽をミュージカル調で表現することもやってみたい。〈何それ? どういうことか説明して!〉ってことを定期的にやっていくんだろうなと、そう思ってます(笑)」。

夏川椎菜の作品。
左から、2024年のシングル“シャドウボクサー”、2023年作『ケーブルサラダ』(共にMusicRay'n)

夏川椎菜の作品と出演作。
左から、ライヴ映像作品「夏川椎菜 3rd Live Tour 2023-2024 ケーブルモンスター」(MusicRay'n)、10月30日にリリースされる「響け!ユーフォニアム3」の[1巻](ポニーキャニオン)