スウェーデンから帰国公演――自然体と自由の美学を堪能されたし!
いわゆる神童というやつである。大学時代からスウェーデンを拠点に活動する坂田尚子は、絶対音感の持ち主で、幼児の頃から傍らにあったピアノを弾いていたという。澤野工房からピアノ・トリオ作品もリリースしているが、ここ3枚は即興のピアノ・ソロ作をリリース。ダイナミックでありながら細かな音にまで神経に行き届いた、清冽なサウンドを聴かせてくれる。濁流のような荒々しさを見せる左手と、繊細な右手の対比が際立つのも面白い。そんな坂田の来日公演が今年3月から4月に行われる。彼女の信条とする自然体と自由の美学を味わうのにはまたとない機会だろう。その数奇な人生を坂田と共に辿りなおした。
――坂田さんは3歳からピアノを始められたそうですね。
「3歳でという風に他のインタビュー記事には書かれているんですけど、より正確には、お母さんがピアノの先生だったのでピアノがすぐ近くにありました。それもあって、いつ言葉を話し始めたのかが分からないのと同じで、いつピアノを弾き始めたかも記憶がおぼろげなんです。ちなみに、絶対音感があったんです。 だから聴いたものをすぐそっくりそのまま弾いたりできました」
――その時弾いたのはどんな曲?
「お母さんのピアノ教室の生徒さんが弾いている曲とか、テレビから流れてくる音楽とか。でも、難しい曲でも譜面を見ないで弾くので怒られていました。最初は譜面を見せられて、この通り弾きなさいって言われたから。でも、(譜面を見るより)聴いたものを真似るほうが早いから、どうしてわざわざ譜面を見ないといけないか分からなくて」
――他の人と演奏する場合とか、こういう風に弾いてくれって指定される場合もありますよね?
「いや、譜面を読めと言われればすらすら読めるんですよ。というか、譜面を見たら(音が)全部聞こえてくるので。ああなるほどこういう曲かって」
――例えばセッションでは?
「セッションでは、もっと他のプレイヤーのことを考えていかないと、みんなついていけないでしょって叱られてばかりでした。他にも、ハーモニーが複雑すぎてよくわからないとか、8分音符がおかしいことになっているとか」
――音楽を聴くこと自体は好きだったんですか?
「音楽を聴くのは好きとか嫌いとかいう以前の問題で。話すのと同じかそれ以上に、音を奏でる方が早かったし簡単だったんです。だから、私にとって音楽は限りなく言葉に近いです。自分で見つけるよりも先に音楽が自分の中にあった、といえばいいんですかね」
――矢野顕子さんが小学校の時に遠足に行って帰ってきて、お母さんに「どうだった?」って聞かれて、その感想をピアノで弾いて表現したっていう逸話があるんですけど。
「そうなんですか。でも、そういう感覚って全然理解されなくて。日本では私がやることなすこと全部ダメって言われる。目立っちゃダメだ、他の人と同じようにしないとダメって。もっとジャズっぽく弾かないと、とかも。ただ、私にとっては自分の話し方でしゃべっているだけで、その時々で聞こえてくるものをただ弾きたいだけだったんです。それでも、もっと黒人みたいに弾けとか、ウィントン・ケリーから学ばないといけないとダメだとか言われて。ウィントンみたいに弾こうと思えば弾けるんですよ。でも、それをやることの意味がよくわからなかった。今の自分と違う自分になれと言われるのがすごくつらかったです」
――出る杭は打たれる、という感じでしょうか。
「下手に頭のいい人が集まる学校に行ったからか、服装とか髪色とかが校則違反だということで、私ひとりだけ校門の前で追い出されて、公園でブランコに乗っていました。あなたはなぜみんなと同じようにできないんですか?って。そればっかり言われてました」
――自分から好きになった音楽ってどんなものですか?
「ダンスをしていたので、ヒップホップが好きでしたね。2パックとか。何をラップしているのかは全然わからなかったけど、“ベイビー・ドント・クライ”っていう曲がすごく好きで。ジャズを好きになったのは『海の上のピアニスト』っていう映画を観てからですね」
