ニール・セダカが死去した。
ニール・セダカが亡くなったことは、Instagramのポストなど彼のSNSアカウントで発表された。ニールは2月27日の朝に体調を崩して米LAの病院に運ばれ、同日に死去。86歳だった。死因は発表されていない。
遺族のコメントは次のとおり。
私たち家族は、愛する夫であり、父であり、祖父でもあったニール・セダカの突然の死に、深い悲しみに暮れています。真のロックンロールレジェンドであり、無数の人々にインスピレーションを与えた彼は、何より、少なくとも幸運にも彼を知ることができ、彼の死に大きな喪失感を覚える私たちにとって、素晴らしい人物でした。
ニール・セダカは1939年、NYCのブルックリンに生まれたシンガーソングライター/ピアニスト。父はレバノン系ユダヤ人2世のタクシー運転手で、祖父母はトルコのイスタンブールからの移民だった。母はポーランド・ロシア系のアシュケナジムである。
幼少期から合唱クラスで音楽の才能を発揮し、先生からピアノを習うようにすすめられ、母がアルバイトをしてニールにピアノを買い与えた。その後、奨学金を得てジュリアード音楽院で学ぶことになる。
母からクラシックピアニストになる期待を抱かれながらも、ニールはポップミュージックに傾倒していき、同じアパートに住んでいた作詞家ハワード・グリーンフィールドと曲作りを始める。さらに、高校卒業後にクラスメイトとともにザ・リンク・トーンズ(のちのザ・トーケンズ)を結成。ニールはソロ活動も始め、1957年にバンドを脱退。RCAビクターと契約し、1958年に“The Diary(恋の日記)”でソロデビューすると同時に同曲はヒットを記録した。また同年、“Stupid Cupid(間抜けなキューピッド)”をコニー・フランシスに提供して注目を集めている。
翌1959年には、元恋人キャロル・キングの名前を用いた“Oh! Carol”が初の全米トップ10ヒットになった一方、日本ではB面の“One Way Ticket(恋の片道切符)”(ジャック・ケラー&ハンク・ハンターが作曲)がヒット、同曲が日本での代表曲になる。
1960~1962年には“Calendar Girl”“Happy Birthday Sweet Sixteen(すてきな16才)”“Breaking Up Is Hard To Do(悲しき慕情)”といった曲でさらに成功を収め、人気シンガーにのぼり詰めた。
1964年以降はザ・ビートルズを中心にブリティッシュ・インヴェイジョンの波がアメリカに到来、人気が低迷してしまう。他方、ザ・モンキーズへ楽曲を提供するなど作曲家としては活躍を続けた。またイギリスやオーストラリアでの高い人気を踏まえて公演を続け、1969年に“Star-Crossed Lovers”がオーストラリアでヒット。1972年にはのちに10ccのメンバーとなる音楽家たちと出会い、彼らのスタジオでアルバム『Solitaire』をレコーディングしている。同作からは“Solitaire”や“Beautiful You”がヒットし、後者は10年ぶりに全米チャートインした曲になった。
前作で作詞家フィル・コディと出会ったニールは、1973年作『The Tra-La Days Are Over』を再び10ccのメンバーとともに制作。のちにキャプテン&テニールのヒット曲となる“Love Will Keep Us Together(愛ある限り)”が生まれ、ハワードとのタッグを解消して第二のキャリアを歩みはじめる。そして1974年のベストアルバム『Sedaka’s Back』がUSチャートに入ったことで再度注目を集め、1974年にはエルトン・ジョンが設立したロケット・レコードと契約。“Laughter In The Rain(雨に微笑を)”“Bad Blood”が1975年に全米1位を獲得し、人気が本格的に復活した。1978年には娘デラが歌手デビューし、1980年にデラとのデュエット曲“Should’ve Never Let You Go(面影は永遠に)”がヒットする。
1980年代は再び人気が低迷してしまったものの、日本ではテレビアニメ「機動戦士Ζガンダム」(1985年)のオープニングテーマ曲“Ζ・刻をこえて”“水の星へ愛をこめて”、エンディングテーマ“星空のBelieve”を提供して話題になっている。その後、2000年代は「アメリカン・アイドル」シーズン2(2003年)にゲスト審査員として出演。同番組で注目されたクレイ・エイケンのプロデュースを務めて“Solitaire”をカバーさせ、同曲はヒットも記録した。また長らくレコーディング契約を失っていたニールだったが、2007年にはインディレーベルと契約してアルバムをリリースしていく。
以降もコンサートや曲のリリースをコンスタントにおこなっていたが、2022年には作詞作曲からの引退を宣言していた。
作曲家として、またシンガーとして、珠玉の名曲を多数遺してきたニール。エルトンやベン・フォールズ、大滝詠一など、彼から影響を受けた音楽家は欧米や日本に無数にいる。シンガーソングライターの先駆けだったと言っていい彼の半世紀以上に及ぶキャリアはまさにポップミュージックの歴史そのものであり、その偉大な功績を讃えて追悼の代わりとしたい。