
結婚式の想い出を再現する際の距離感
――『Tsuioku / 追憶』には、安らかな温度と、どこか彼岸的な遠さが同時にあります。音の温度、湿度、まどろみを作るうえで、録音やミックスで特に大切にしていらっしゃることは何ですか。
「それはやっぱり、アナログギアを使うことによる〈不完全な音〉というものにこだわりがあること。あと、曲によっては、リスナーの人には〈ちょっと離れて〉見てて貰おうかな、というテーマもあったり。特に最初の“Shikijitsu / 式日”がそうなのですが、距離感は意識はしていました。大きな空間より、近すぎず、でも遠からずな、そういう質感は意識していたと思います」
――その“Shikijitsu / 式日”は、女声、ギター、ストリングス、シンセが天上から降りてくるような神聖さを持っています。この曲では、最初に音として置いたもの、あるいは最初に見えていた景色は何でしたか。
「これはテーマがはっきりしていて、妻との結婚式をもとにした曲で、その時に撮影していたビデオの音声をサンプリングして、そこから音を作り始めました。最初で最後のあの時間――家族みんな揃って、家族だけで挙げた小さな結婚式の――空気感を再現したいなと思って作った曲で。
山の中で挙げられた、家族だけの小さな結婚式があって、リスナーはちょっと離れてそれを観ている、というような距離感で作りました」
――リスナーはその式をVHSで観ている、みたいな。
「まさにそうですね。最後は教会のドアが開いて、というような構成で作っているんです。その想い出を音にして詰め込んで、アーカイブしたような曲ですね」
――“Minamo / 水面”には、水面の揺れだけでなく、モダンニューエイジ以降のアメリカーナやアンビエントジャズにも通じる微かな灯火を感じました。水面という言葉から、どのように音の運動を組み立てましたか。
「この曲は最初から〈水面〉の曲を作ろうと思っていなかったんですよね。北九州に住んでいた頃、近くの神社で風鈴が凄く綺麗に鳴るところがあって、そこで録った音を後で聴いたら、その風鈴の音がとても心地よかったので、そこから音作りを始めて。
北九州の家の近所に川があったんですけど、その川辺を歩くのが好きで、川の要素に音を重ねてくうちに、だんだん曲が川のイメージに近づいていきました。途中からは意識的に川の揺らぎというか、川に光が反射する様子の曲を作ろうと考えて進めていった記憶があります。
川って、泥などがふっと表面に出てきたりもするんですよね。〈綺麗なものだけじゃない〉というか。でも、そのままにしておくと、自然と透明になっていく。水が流れ、沈殿し、そこに光が差していく。その泡の表情のようなものを音で作りたいなと思って、この曲を作りました」
――海じゃなくて川の曲なんですね。
「そう。実は、きっかけは川なんですよ」

個人的な記憶と聴き手の人生が交差する音の景色
――“Yuuge / 夕餉”では、声が歌というより、此岸と彼岸を往還する気配のように聴こえます。奥様の佐々木恵梨さんの声やバイオリンを、人物の表現ではなく風景の一部として扱う意識はありましたか。
「これはまさに、その意識で作りました。自分の中でシーンというか映像があって。放課後とかの時間帯に団地が夕日に照らされていて、カレーの匂いが微かに漂っている。で、これから家族が揃って、ご飯を食べて、1日が終わっていく。そんな雰囲気を作りたいと思ったんです。
台所で夕食が用意されているというか――その雰囲気を〈風景〉として作りたいなと思ったんですよ。お母さんが夕方に買い物から帰って、台所で料理を作り始めて、鼻歌を奏でているような――そういう雰囲気にしたくて。この曲は全編テープ処理をしているので、ちょっと音が丸くなっているんですが、記憶の中にあるような、少し懐かしい質感を作りたかったんです」
――“Shikijitsu / 式日”のように本作には、中村さん自身の結婚式にまつわる音の断片も織り込まれているんですね。非常に個人的な記憶を、私小説的に語るのではなく、誰かが身を置ける空間へ開くために意識したことはありますか。お話をお伺いしていると“夕餉”も、中村さんのご家族そのものの生活というより、より一般的で普遍的な家庭の夕ご飯の風景描写なのかなと思ったんですけど、いかがでしょう?
「確かにそうですね。個人的な記憶を押し付けず、説明しすぎず……。自分にとってはどれも大切な想い出なんですけど、〈ああ、そういう想い出が自分にもあるな〉って聴き手も重ねられるというか、重ねられるように作っているかもしれないですね。どこか〈懐かしさ〉を感じてもらえたらいいかなと。僕と聴き手の人生は同じではないけれど、でも必ずどこかで、なんとなくみんなが経験して見たことがある景色――そういう部分に音で触れられたらいいなという思いがあります」