
アルゴリズムの外で自由に音を探求
――“Hisen / 飛泉”には、自然音の安らぎと、テープが空間を少し歪ませる不穏さが共存していますよね。安心できる音と、不安を残す音の境界はどのように判断していますか。
「志賀島に、小さな滝のように水が流れている場所があって、その水の様子というか、〈滝そのものを表現したいな〉と思ったんですよね。ずっとその水の流れを見ていると、時々流木とか、ゴミ袋なんかも流れてくるんです。自然の中なのに、人工物も流れてきてしまうことがあるんですね。美しい自然の景色の中に、人間が作った人工的なものが流れてきてしまう、言うなればエラーみたいなものを、テープループのノイズを使って表現しようとしています」
――そのように美しい部分と、そうではない部分を併存させる、共存させることが、中村さんがTyBOでやっていらっしゃることなのかなと。
「そうですね。今回の実験的な作品に関しては、エラーを単なるエラーとせずに、ひとつの表現にしていきたいなという考えがあって。こういう音響的な表現に関しては、ドレミファソラシドから外れてもいい、それを表現として認めてもいいと思うんです。なのでテープならではの妙や不安定な要素も、ひとつの表現技法として積極的に取り入れています」
――プレス資料には〈答えへ向かうための音楽ではなく、ただそこに身を置くための空間〉ともあります。聴き手に対して何かを説明しすぎない、あるいは、〈押しつけないための倫理や距離感〉は意識されていらっしゃるのでしょうか。
「その一文は、KITCHEN.のリックスが添えてくれたものです。〈なんて素敵な文なんだ〉って思いました。
やっぱり、どうしても今の音楽って、アルゴリズムが先行しやすいところがあると思うんです。そうすると、〈新しい音楽が生まれにくくなってしまうのではないか〉と感じることがあります。寧ろ、このままでいいのかな? 新しくてちょっと狂った方法があってもいいんじゃないのかな?という思いがありますね。アルゴリズム的な正解じゃないけど、メインストリームにはない新しい表現が〈外から〉生まれて、それが広まっていくという流れが、芸術の世界にはあると思うので」
――現代における表現や音楽のあり方に対して、アンチというところまではいきませんけど、中村さんの態度や意見表明のような部分もあると。
「というより、自分の中には〈自由にやりたい〉という自分もいるので、その自分に優しくしてあげている感覚ですかね。自然の中、自分が呼吸しやすい環境で、自分に〈何してもいいよ〉って優しくしてあげるというか」

「ゆるキャン△」などの仕事と繋がっている『Tsuioku / 追憶』の世界
――中村さんは「STEINS;GATE ELITE」のサウンドデザインや、「ゆるキャン△」シリーズ、「学園アイドルマスター」関連楽曲にも関わってきました。画面や物語がある音楽制作の経験は、『Tsuioku / 追憶』のような画面のないアンビエントにどのように反映されている実感がありますか。
「多分、何を作っても、ある程度は自分の作品になると思うんですよね。アイコンのようなものが元々あって、そこに向けて音を作るのか、それとも自分の創作力で自由に作るのか、という違いはありますが。
画面か……(数秒の沈黙)。『Tsuioku / 追憶』でも頭の中では、台所や自分の結婚式など、そういう景色を描いてはいたんです」
――では、繋がっているというか重なっている部分も大きい?
「重なっていると思います。結果的に、自分が経験してきたこととか、点と点が線に繋がってくような感覚がありました。多分お互いに影響をし合っていると思います」
――「ゆるキャン△」シリーズでは、旅、自然、生活、休息の感覚が重要な要素だったと思います。その経験は、『Tsuioku / 追憶』における余白、牧歌性、安らかな時間感覚にも接続しているのでしょうか。
「接続していると思います。『ゆるキャン△』には、自然やキャンプというテーマがまずあります。この作品では、まさに自然の中――それこそ森の中や林の中で、海や川で、そこに流れている音というか空間――を音で表現してみようと思ったので、強く影響している感覚はありますね。自然の空気感というのは、アンビエント的な質感とか要素が、やっぱり少なくとも入ってくるんじゃないかなと自分は解釈しているので、接続しているのではないかと思います」
――KITCHEN. LABELは、音だけでなく写真、パッケージ、余白、風景の編集まで含めて作品を成立させるレーベルだと思います。今回KITCHEN.から出すことで、TyBOの音楽はどのように見え方が変わったのでしょう。
「15年以上前かな、留学していたことがあるんですけど、KITCHEN.の作品はその頃から聴いていたから、もともと強く惹かれていました。今作は自由に表現した実験的なアンビエントを含む音のアルバムなので、それをKITCHEN.から出させて貰えるのはとても意味があるなと感じています。
リックスが〈好きにやっていい〉と言ってくれたので、本当に自由にやらせてもらいました。KITCHEN.は、ストーリーテリングや作品の手触り、ビジュアルの視点も含めてとても丁寧に作品をリスナーへ届けている印象がありますし、そのコミュニティを大事にしてるという印象があります」
――ジャケットの写真もその美学に合致していますよね。
「それは妻が、愛犬をクレートに入れて海に連れて行っている様子を、後ろから撮った写真なんです」
――シングルのジャケットの海や自然の風景の写真も中村さんが撮ったものなんですか。
「そうです。すべて写ルンですで撮った写真ですね。カセットテープで音を作り、ジャケット写真を写ルンですで撮影するという作り方も、意図的な〈ノスタルジック〉というより、自分にとっては自然な制作方法なんです。自分の音楽は元々派手に主張するというより、生活や記憶に寄り添って静かに残るものを目指しているので、それがKITCHEN.の感覚とリンクしたのかな。実は“Madoromi / 微睡”という曲では、愛犬の寝息も音の一部として使っていて、クレジットにも名前を入れています」