タワーレコード新宿店~渋谷店の洋楽ロック/ポップス担当として、長年にわたり数々の企画やバイイングを行ってきた北爪啓之さんによる連載〈聴いたことのない旧譜は新譜〉。そのタイトル通り、本連載では旧譜と称されてしまった作品を現在の耳で新譜として紹介していきます。
第17回は、横溝正史原作の映像作品の音楽について大特集。現在公開中の清水崇監督による映画「八つ墓村」が話題のなか、大野雄二や芥川也寸志らが手がけた名スコアを北爪さんが再考します。 *Mikiki編集部
今こそ〈横溝音楽〉を聴こう
2026年の9月は、横溝正史ファンにとってじつに賑やかで記念すべき月となった。まず18日には「呪怨」などで名高いJホラーの旗手、清水崇が監督を務めた映画「八つ墓村」が封切られた。約20年ぶりとなる久々の横溝原作の映画化ということもあり、毀誉褒貶が入り乱れつつも大きな話題を呼んでいる。
また、16日には1977年に製作された野村芳太郎監督による「八つ墓村」の4Kデジタル修復版の映像ソフトが発売。さらに30日には、1976年の市川崑監督版「犬神家の一族」のサントラ盤がアナログLPフォーマットで正規再発された。なお同作はちょうど50年(半世紀!)前の10月16日に公開されている。
そこで今回はこの時ならぬ横溝ブームの再燃に乗じて、いまでもタワーレコード オンラインで購入可能な関連作品を紹介してみたい。すでに廃盤や生産中止になってしまったものも多いため、現在流通しているアルバムはおそらく3タイトルしかないのだが、そのどれもが2026年のいま〈横溝音楽〉を紐解くための最良のテキストとなるべき作品ばかりである。
大野雄二が市川崑と衝突しながら作り上げた「犬神家の一族」の音楽
記念すべき角川映画の第1作にして、その後シリーズ化されることになる市川崑監督と石坂浩二(金田一耕助)コンビによる初作であり、1970年代を席巻した〈横溝正史ブーム〉の象徴的作品ともいうべき映画のサントラ盤。
出版業界から映画製作に乗り出した角川春樹は、それまでの映画の常識に囚われないプロデュースを進めていたことから、ジャズピアニスト出身で映画界での実績がない大野雄二を音楽担当に抜擢した(今年5月に逝去した大野については過去の拙稿が詳しい)。
それまでの、音楽が脇役に徹している邦画の状況に不満を持っていた大野は、当時の映画音楽としては例のないほどソフトでコンテンポラリーな主題曲“愛のバラード”を作り上げた。血生臭い情念渦巻く物語にあえて流麗なメロディを持つ曲を合わせたのも卓見だが、日本では馴染みのない民族楽器ダルシマーに主旋律を奏でさせることで、心地よくもミステリアスな違和を醸し出すアイデアにも脱帽せざるを得ない。
また、主題曲以外の劇伴もどれも音楽単体で楽しめる曲に仕上がっているが、市川監督はそんなメロディが立ったサウンドを気に入らなかったようである。以前、大野本人にインタビューした際に伺った話だが、監督は終始「ここはね、地の底からグワーッとマグマが湧き出る感じの……」というような調子だったらしい。当時の邦画は甘い音楽なんて使ったら二流で、現代音楽の難解な音を使うのが芸術という雰囲気があったという。それに対して大野は「真っ向から反対で、映画は娯楽であって欲しい」と語っていた。
監督とは何度もバトルを繰り返したそうだが、最終的には大野が折れる形で、映画本編ではテーマ曲以外を大幅に録り直している。このサントラ盤は最初に作られた楽曲が収められているため、大野いわく「映画のイメージアルバム」として捉えるのが正解かも知れない。
冒頭で書いたように、このたび本作のアナログレコードが再発された。このリリースは、近年になって横溝関連の中古レコードの価格が高騰していることを受けてのことだと思われるが、その辺りの事情については後ほど改めて触れたい。
なにはともあれ、杉本一文によるジャケットの強烈なインパクトも含め、ぜひレコードでも楽しんで欲しい名盤である。
日本的叙情が織り込まれた芥川也寸志による「八つ墓村」の劇伴
野村芳太郎監督版の「八つ墓村」は1977年9月23日に先行ロードショー、10月29日に全国公開されている。「犬神家の一族」から約1年の後発になったわけだが、じつは企画としてはこちらが先行していた。当初は角川春樹が松竹との共同製作での映画化を望んでいたが、諸般の事情により交渉は決裂。松竹の自社製作という形になったのである。
そんな経緯もあってか、この「八つ墓村」は角川の「犬神家の一族」とは多くの点で好対照だ。老舗と新興、伝統と革新、土俗とスタイリッシュ。それは音楽においてより鮮やかな対比を成している。「八つ墓村」の音楽を担当したのは映画音楽界の重鎮、芥川也寸志(言わずもがな、芥川龍之介の子息)である。戦後現代音楽を代表する作曲家として第一線で活躍していた芥川は、ジャズ畑の大野とはその作風も大きく異なっている。
芥川の音楽は、アカデミックな作曲技法を基盤にした重厚なオーケストレーションによって、八つ墓村の因習や狂気、土着的な雰囲気を音にしていく。大野のスマートで都会的なサウンドとは対照的に、弦や金管、打楽器が重なり合うことで、画面に濃密かつ神秘的な空気を作り出しているのだ。とはいえその音楽が決して難解ではないことは、荘厳さのなかに日本的叙情が織り込まれた“メインタイトル”や、シングルでも発売された“道行のテーマ”のあまりにも美しく官能的なワルツを耳にすれば一聴瞭然である。
映画公開当時にリリースされたサントラの収録曲は、映画本編で使用された曲とはミックスやバージョンが違っていたのだが、本CDは本編で使われたトラックを中心にサントラ盤の音源やシングルバージョンも収録しているため、マニア垂涎の一枚といえるだろう。
芥川は「八つ墓村」について「私の映画音楽の集大成」と語っているのだが、その自筆譜は長い間紛失したままになっていた。ところが2025年、ついに行方不明の楽譜が発見されたのである。その自筆のオリジナル譜を使用して演奏された「八つ墓村」の組曲が、今年2月にリリースされたCD『芥川也寸志生誕100年記念コンサート』に収録されているので、そちらもぜひチェックして欲しい。
なお、最新作である清水崇版ではイタリア出身の作曲家、アントンジュリオ・フルリオが劇中音楽を手掛けており、配信サービスでのみサントラを聴くことができる。ダークなエレクトロニクスに時折り和的情緒を忍ばせたサウンドから少なからず芥川也寸志へのリスペクトを感じるのは、きっと僕だけではないはずである。
横溝正史本人が公認、〈日本のレアグルーヴ〉作品として注目を集める企画盤
1977年7月、つまり「八つ墓村」の公開よりも少し先んじて発売されたこのアルバムは、横溝正史の小説から着想を得た楽曲で構成された企画盤である。ここに収められているのは羽田健太郎、高田弘、成田由多可という3人の作編曲家による純然たるオリジナル曲であり、サントラとは異なる〈横溝世界のイメージアルバム〉という体裁。……と書くとなんだか胡散臭い作品のように思えるが、角川春樹事務所が企画協力しているばかりか、なんと横溝御大が裏ジャケにコメントを寄せている、原作者公認アルバムなのだ。
そして驚くべきはそのサウンドで、“本陣殺人事件”や“獄門島”など小説のタイトルが付けられたどの楽曲も洒脱なアレンジと腕利きのスタジオミュージシャンたちの演奏によって、当時の最先端の音楽ともいうべきクロスオーバー~フュージョンに仕立て上げられているのである。しかも多くの曲に琵琶や琴、篠笛、鼓などの和楽器を大胆に取り入れて、じつに妖しくドメスティックで独創的なサウンドを展開しているのだ。
本作は長い間、横溝フリークや珍盤ハンター以外からはさして注目されることもないアイテムだったが、ここ10数年で状況は大きく変わってきた。それは世界各国のDJやリスナーから〈日本のレアグルーヴ〉として〈再発見〉されたからである。そんな需要の急激な拡大を受け、2015年にはアナログ盤で公式再発。2020年と2024年にはフランスのレーベルからもやはりアナログで正規リイシューされているのだ。
先にも触れたが、本作ばかりか「犬神家の一族」を始めとした横溝作品のサントラ諸作も中古市場で急騰しているのは、その和洋折衷されたミステリアスなサウンドが海外のディガーたちには相当新鮮に響くからだろう。また、国内においてもMUROや須永辰緒ら有名DJが「犬神家の一族」の楽曲をミックスやカバーした作品をドロップしていることも少なからず影響しているはずである。
『横溝正史MM(ミュージック・ミステリー)の世界』のCDにはボーナストラックが9曲も収録されているのだが、じつはこれが凄い。全てが横溝の映像作品に関連している曲で、しかも痒いところに手が届くような心憎いセレクトなのである。
まずは「犬神家の一族」の“愛のバラード”と“仮面”のボーカルバージョン。映画公開時に金子由香利の歌唱でシングル化されたものだが、そちらの中古レコードは5桁を下らない価格の付く激レアアイテムである。そして1978年に公開された映画「女王蜂」のイメージソングで塚田三喜夫が歌う“愛の女王蜂”とそのB面曲“少女夜曲”。どちらも松本隆が作詞を手掛けている。
さらに、古谷一行が金田一耕助役を務めた人気テレビドラマ「横溝正史シリーズ」で使用された茶木みやこの作曲と歌による“まぼろしの人”ほか計3曲。なお茶木のソロアルバム『レインボウ・チェイサー』にも“まぼろしの人”が収録されているが、こちらはバージョン違いでよりシティポップ寄りのアレンジが施されている。
残る2曲はTBSのテレビスペシャル「名探偵・金田一耕助シリーズ」の主題歌として伊勢正三が作曲し、主演の古谷が歌う“糸電話”と“見えない雨の降る街を”。ともに甘い歌唱とメロウなサウンドが癖になる佳曲だ。
〈横溝正史〉を知ると音楽の聴こえ方も変わってくる
最後に再びCD本編に話を戻したい。関連音楽がレアグルーヴとして再評価されたことは嬉しい。ただそうした過程で〈横溝正史〉という、その音楽が生まれた最も大事な要素が切り離されてしまった気がすることには一抹の寂しさを覚えてしまう。なにしろ本作の最大の特徴である和楽器の導入は、因習や血縁、怨念といった横溝的世界を音で表現したものなのだから。
もちろん、音楽は必ずしも背景にある物語とセットで聴かなければならないものではない。むしろ文脈から乖離したからこそ、半世紀近く前の日本で生まれたこの奇妙で魅力的なサウンドが、いま新しい音楽として世界のリスナーに届いているのだろう。
とはいえ、横溝正史を知ったうえでまた聴いてみてほしい、と思うのもまたたしかなのだ。たとえば“獄門島”では曲中に3つの〈謡〉が吟じられているが、それがストーリー上で重要な役割を果たす俳句であることを知っているのとそうでないのでは、やはり聴こえ方も変わってくるだろう。
音楽の向こう側にある物語まで辿ってみると、そこには〈1970年代の横溝ブーム〉という、もうひとつの巨大なナラティブが浮かび上がってくるのである。
PROFILE: 北爪啓之
1972年生まれ。1999年にタワーレコード入社、2020年に退社するまで洋楽バイヤーとして、主にリイシューやはじっこの方のロックを担当。2016年、渋谷店内にオープンしたショップインショップ〈パイドパイパーハウス〉の立ち上げ時から運営スタッフとして従事。またbounce誌ではレビュー執筆のほか、〈ロック!年の差なんて〉〈ろっくおん!〉などの長期連載に携わった。現在は地元の群馬と東京を行ったり来たりしつつ、音楽ライターとして活動している。NHKラジオAM「ふんわり」木曜日の構成スタッフ。



